個人事業の所得が伸びてくると、「そろそろ法人化したほうがいい」と言われる場面が増える。

理由として挙げられるのは、たいてい税率の差だ。個人の所得税は最高45%まで上がるが、中小法人の法人税は所得800万円以下の部分が15%。「税率が低い法人に利益を移せば、税金が減る」という説明である。

この説明は間違いではない。ただ、比べているのは税率だけだ。法人化すると、社長1人の会社でも社会保険への加入が必要になる。そして、法人に残した利益は、社長が使うまでは社長のお金ではない。

法人化で節税になるかどうかは、税率の差ではなく、社会保険を含めた負担の合計と、会社に残したお金をどう使うかで決まる。

この記事では、個人と法人の税率構造、給与所得控除、社会保険の負担を確認したうえで、仮の数字で比較表を作り、法人化で節税にならないケースを整理する。

この記事が役に立つ方

  • 個人事業の所得が増え、法人化を勧められている
  • 「所得○○万円を超えたら法人化」という目安の根拠が分からない
  • 法人化した後、報酬をいくらにするかまでは考えていない

法人化の節税は「税率の差」から語られることが多い

まず、個人と法人の税率の構造を確認する(2026年9月時点)。

  • 個人の所得税:課税所得に応じて5%から45%までの7段階の累進税率。これに住民税10%が加わる
  • 個人事業税:法定業種の場合、事業主控除(年290万円)を引いた所得に原則5%(業種により3%・4%)
  • 法人税:資本金1億円以下の中小法人は、所得のうち年800万円以下の部分が15%、超える部分が23.2%

法人には、このほか地方法人税・法人住民税・法人事業税がかかる。さらに、2026年4月1日以後に開始する事業年度からは防衛特別法人税が加わった。基準となる法人税額から年500万円を控除した額に4%を掛ける仕組みで、法人税額が年500万円以下なら負担は生じない。

個人の側は、課税所得が900万円を超えると所得税だけで33%、住民税と合わせて43%になる。この差だけを見れば、所得が大きいほど法人のほうが有利に見える。

ただし、この比較は「同じ利益に、個人と法人のどちらの税率がかかるか」を見ているにすぎない。法人化した後、社長はその利益を役員報酬として受け取る。そこで別の計算が加わる。

法人化すると、社長は給与所得控除を使えるようになる

法人化後、社長は会社から役員報酬を受け取る。役員報酬は会社の損金になり、社長の側では給与所得として課税される。

給与所得には、収入に応じて決まる給与所得控除がある。令和8年分・令和9年分の給与所得控除額は、収入220万円までが74万円、収入850万円を超えると上限の195万円だ。たとえば報酬が年600万円なら、控除額は「収入×20%+44万円」で164万円になる。個人事業の事業所得にはこの控除はなく、実際にかかった経費を差し引く。法人化すると、事業の経費は会社で落とし、そのうえで社長個人も給与所得控除を使う形になる。

このため、利益の一部を報酬として受け取ると、給与所得控除の分だけ課税される所得が小さくなる。法人化の節税効果として語られるものの多くは、この控除と、法人税率の低い部分を組み合わせた効果だ。

なお、役員報酬を損金にするには、原則として事業年度開始から3か月以内に額を決め、毎月同額で支払う必要がある(定期同額給与)。期の途中で利益に合わせて報酬を動かすことは、基本的にできない。

社会保険は、社長1人の会社でも加入が必要になる

法人化で最も見落とされやすいのが、社会保険の負担だ。日本年金機構の案内では、法人の事業所は、事業主のみの場合を含めて厚生年金保険・健康保険の適用事業所になる。

個人事業主は国民年金と国民健康保険に加入する。国民年金保険料は2026年度で月17,920円だ。一方、法人の役員として厚生年金・健康保険に加入すると、保険料は報酬に比例して決まり、会社と本人で半分ずつ負担する。

  • 厚生年金保険料率:18.3%(標準報酬月額の上限は65万円)
  • 健康保険料率(協会けんぽ):都道府県ごとに異なり、令和8年度は9.21%〜10.55%
  • 介護保険料率(40〜64歳):1.62%
  • 子ども・子育て支援金:2026年4月分から0.23%

会社負担分は会社の損金になるが、会社から出ていくお金であることに変わりはない。次の試算の条件では、会社と本人の負担を合わせて、報酬の約26〜30%が社会保険料になる。その代わり、厚生年金は将来の年金給付につながり、健康保険には傷病手当金などの給付がある。

法人化の節税シミュレーション。仮の数字で3つのケースを比べる

仮の数字で、個人事業のままの場合と、法人化して報酬を2通りに決めた場合を比べる。条件は次のとおり単純化する。

  • 事業の利益(社長の報酬を払う前)を年1,200万円とし、毎年続くとする
  • 個人事業:国民年金は月17,920円、国民健康保険料は仮に年90万円。個人事業税は5%(事業主控除290万円)。青色申告特別控除は考えない
  • 法人:社会保険は厚生年金18.3%、健康保険料率を仮に10%、介護保険1.62%、子ども・子育て支援金0.23%で計算し、会社と本人で折半(社長は40〜64歳とし、Cの厚生年金は標準報酬月額の上限65万円で計算)
  • 法人税等(法人税・地方法人税・住民税・事業税)の負担率を仮に25%とする
  • 所得控除は社会保険料控除と基礎控除(仮に62万円)のみ。住民税は課税所得の10%で概算し、復興特別所得税は含めない
  • 法人の設立・維持費用、消費税、将来の年金給付は考えない
項目(年間)A 個人事業のままB 法人化・報酬600万円C 法人化・報酬1,000万円
社会保険料(会社負担+本人負担)111.5万円180.9万円260.8万円
所得税+住民税(個人)287.8万円47.0万円141.1万円
個人事業税45.5万円――
法人税等(仮に25%)―127.4万円17.4万円
社長個人の手取り755.2万円462.6万円728.6万円
会社に残るお金―382.2万円52.2万円
手取り+会社に残るお金755.2万円844.8万円780.8万円

※仮の条件による単純計算です。端数処理のため合計が一致しない場合があります。実際の税額・保険料は、地域・年齢・控除・報酬の決め方によって異なります。

表から読み取れるのは「会社に残す額」で差が出るということ

この表から、3つのことが読み取れる。

1つ目。合計で最も多く残るBは、社長個人の手取りが最も少ない。差の多くは、会社に382万円を残したことで生まれている。社長が毎年の生活に700万円以上を使うなら、Bの報酬では足りない。

2つ目。報酬を多く取ったCは、個人の手取りがAに近づく一方で、合計の差は25万円程度に縮まる。社会保険料が増え、法人税率の低さを使う部分が小さくなるからだ。利益のほとんどを個人で使うなら、法人化の効果は小さくなりやすい。

3つ目。Bで会社に残った382万円は、まだ社長のお金ではない。いずれ役員報酬・配当・役員退職金などの出口を通って個人に移すとき、そこで改めて税金がかかる。社長の手取りは出口の組み合わせで決まるという考え方は、法人化の判断でも同じだ。

法人化で節税にならない主なケース

次のような場合は、法人化しても負担の合計が思ったほど減らない、あるいは増えることがある。

  • 利益がまだ小さい:税率の差が小さく、社会保険料や維持費用の増加が上回りやすい
  • 利益のほとんどを個人で使う:会社に残せる額が少なく、上の表のCに近くなる
  • 社会保険料の負担増が大きい:国民健康保険料が低い地域や家族構成では、差が広がりやすい
  • 利益の変動が大きい:役員報酬は期首に決めて1年固定のため、利益が落ちた年に報酬が重くなる
  • 維持のコストを見込んでいない:法人住民税の均等割は赤字でもかかり、決算・申告の費用も増える(東京都23区内で資本金1,000万円以下・従業者50人以下なら均等割は年7万円)

また、個人事業の青色申告特別控除や、家族への専従者給与をすでに使っている場合は、比較の前提そのものが変わる。自分の数字で試算しないと、どちらに転ぶかは分からない。

「所得○○万円から法人化」という目安は、前提を置いた一つの数字

法人化の目安として、「所得800万円」「1,000万円」といった数字を目にすることがある。これらは、報酬の額、社会保険、家族構成、地域などに特定の前提を置いて計算した結果だ。

前提が変われば、分かれ目の所得も変わる。上の試算でも、報酬を600万円にするか1,000万円にするかで、同じ利益1,200万円の結果は大きく違った。目安の数字は「検討を始める合図」であって、判断の基準にはならない。

法人化の判断は、所得の額よりも、次の3つに左右されやすい。

  • 毎年、個人として必要なお金はいくらか
  • 会社に残したお金を、何に、いつ使う予定か
  • 退職金や承継など、将来の出口の計画があるか

法人には、役員退職金という出口を使えるという面もある。会社に残したお金を退職金として受け取る計画があるなら、比較の結果は変わる。

法人化を検討するときの確認リスト

税理士に試算を依頼する前に、次の項目を書き出しておくと、比較が具体的になる。

  1. 直近3年の事業所得と、今後の見込み。安定しているか、変動が大きいか
  2. 個人の生活に必要な年間の金額。住宅・教育・保険なども含めて
  3. 現在の国民健康保険料・国民年金の負担額と、家族の加入状況
  4. 会社に残すお金の使い道。設備投資・運転資金・退職金原資のどれか
  5. 家族が事業に関わっているか。役割と報酬の考え方

2と4が決まっていれば、役員報酬の水準が決まり、試算の前提がそろう。法人化するかどうかは、報酬をいくらにするかとセットでしか比べられない。

よくある疑問

Q. 法人化で節税になるのは、所得いくらからですか?

一律の金額はありません。報酬の額、社会保険料、地域の国民健康保険料、家族構成、会社に残すお金の使い道によって、分かれ目は変わります。よく語られる目安の数字は一つの前提による計算結果なので、ご自身の数字で個人と法人の負担の合計を比べることをおすすめします。

Q. 法人化して節税にならないのは、どんな場合ですか?

利益がまだ小さい場合、利益のほとんどを個人で使う場合、社会保険料の増加が大きい場合、利益の変動が大きい場合などは、効果が小さくなるか、負担が増えることがあります。赤字でもかかる法人住民税の均等割や、決算・申告の費用も考慮が必要です。

Q. 法人化の節税シミュレーションは、どこに頼めばよいですか?

税額と社会保険料の試算は、税理士や社会保険労務士の領域です。依頼する前に、生活に必要な金額、会社に残すお金の使い道、退職や承継の予定を整理しておくと、試算の前提がはっきりし、比較の結果を判断に使いやすくなります。

「法人化するか」から「法人化して、お金をどこに置くか」へ

法人化の節税は、税率の差から語られることが多い。しかし、手元に残るお金は、税率の差だけを比べても決まらない。

社会保険を含めた負担の合計と、会社に残したお金をいつ、どの出口から受け取るか。この2つまで含めて、初めて個人事業と法人を比べられる。

法人化した後の役員報酬と、会社に残すお金の額を、いま書き出せるだろうか。書き出せないなら、法人化の前に整理しておきたいのは、そこになる。