海外移住の準備では、ビザや住まいに目が向く。日本の銀行や証券会社の口座は、出国の直前まで後回しにされやすい。
ところが、口座の中には出国した時点で扱いが変わるものがある。NISA口座は、条件に当たらなければ出国で廃止される。特定口座は、届出をしないまま出国すると廃止されたものとみなされる。iDeCoは、海外に住むと掛金を出せなくなる場合がある。
ここで分けて考えたいのが、国の制度と、金融機関の規約だ。税法や年金のルールで決まっていることと、各金融機関が非居住者との取引をどこまで認めるかは、別の話になる。
この記事では、金融庁・国税庁・iDeCo公式サイトなどの資料をもとに、海外移住する人の口座の扱いを、出国前・出国中・帰国後の順に整理する。移住全体の準備は経営者の海外移住チェックリストにまとめている。
この記事が役に立つ方
- 海外移住を予定していて、NISAや証券口座をどうするか迷っている
- 日本の預金・株式・投資信託を、移住後も持ち続けたい
- iDeCoに加入していて、海外に住んだ後の扱いを知りたい
海外移住と口座:国の制度と金融機関の規約を分けて確認する
口座ごとに、出国でどう変わるかを先に並べる。
| 口座 | 国の制度で決まること | 金融機関に確認すること |
|---|---|---|
| NISA | 転任の命令等による一時的な出国でなければ、出国で口座は廃止される | 出国届出書の提出方法、廃止後の商品の移し先 |
| 特定口座 | 出国で廃止とみなされる。出国の日までの届出で、保有株式を出国口座に残す方法がある | 出国口座を開設できるか、出国中に売買できるか |
| 預金口座 | 非居住者の預金利子は国内法上15.315%の源泉徴収(2026年10月時点。租税条約で軽減される場合あり) | 非居住者のまま口座を維持できるか、利用できるサービス |
| iDeCo | 海外に住むと加入資格が変わることがある。日本国籍などの要件を満たし、国民年金に任意加入すれば加入できる | 住所変更の手続き、海外からの掛金の納付方法 |
※2026年10月時点の金融庁・国税庁・iDeCo公式サイトの資料による。詳しい条件は各項目で説明します。
税法上の扱いが決まっていても、その金融機関が非居住者の口座を受け付けるかどうかは別だ。各社の規約や窓口で確認してほしい。
NISAは「転任の命令等」の一時出国でなければ、出国で廃止される
金融庁のNISA特設サイトは、転任の命令等のやむを得ない事由により一時的に出国する場合には、事前に手続きをすれば、NISA口座で持っている上場株式等について一定の期間、非課税の適用を受け続けられると案内している。出国中に新たに買い付けることはできない。また、こうした取扱いの有無は金融機関によって異なるとしている。
手続きの考え方は、旧制度の国税庁Q&A(2019年版)で詳しく説明されている。出国の日の前日までに、口座のある金融機関に次のどちらかの届出書を出す。
- 継続適用届出書:給与等の支払者からの転任の命令その他これに準ずるやむを得ない事由による一時的な出国で、帰国後に再びNISA口座を使う場合
- 出国届出書:それ以外の場合。非課税口座廃止届出書を出したものとみなされ、口座は廃止される
同じQ&Aでは、出国の年に出国税(国外転出時課税)の適用を受ける人は継続の特例から外れるとされている。2024年からの新しいNISAでの期限や書類の細部は、口座のある金融機関の案内で確認してほしい。
会社を経営する人が自分の判断で移住する場合は、通常、「給与等の支払者からの転任の命令その他これに準ずるやむを得ない事由」には当たらないと考えられる。その場合、NISA口座は出国で廃止され、口座の中の商品は課税口座に移ることになる。具体的な事情によって扱いが異なることもあるため、出国前に金融機関に必要書類を確認し、判断が難しければ税理士にも確認したい。
特定口座は出国で廃止とみなされる。出国口座に残す方法もある
特定口座を持つ人が出国して居住者でなくなると、特定口座廃止届出書を出したものとみなされる。出国後に行った株式などの売却には、特定口座の特例が適用されない。
ただし、国税庁の源泉徴収事務の説明によると、特定口座に保管されていた上場株式等の全てを、出国中も同じ金融機関の口座(出国口座)に引き続き保管し、帰国後に同じ金融機関で開設し直す特定口座へ移す場合には、次の手続きを利用できる。
- 出国する日までに、金融機関に「特定口座継続適用届出書」を出す
- 帰国した後、「特定口座開設届出書」とともに「出国口座内保管上場株式等移管依頼書」を出す
注意したいのは、帰国後に特定口座へ移せるのは、原則として、出国の日から移管依頼書を出す日まで、出国口座への受け入れや払い出しが行われていない場合の同じ銘柄だという点だ。法令上の例外もあるため、出国中に売却や移管をする予定があるなら、事前に金融機関に確認しておきたい。
また、証券会社によっては、非居住者の口座の維持や取引に制限を設けていることがある。出国口座の開設そのものを受け付けているかも、各社で確認が必要だ。
預金口座は、非居住者になると利子の課税と規約が変わる
出国後に預金口座を維持できるか、使えるサービスや必要な届出は、金融機関の規約や口座の種類によって異なる。そのうえで、税金の面でも変わることがある。
- 非居住者が日本の金融機関の国内の営業所から受ける預金の利子には、国内法上、原則15.315%の源泉徴収がかかる(2026年10月時点、国税庁No.2884)。租税条約により軽減・免除される場合がある
- 金融機関に、住所の変更や非居住者になったことを届け出る必要がある。届け出の方法や、非居住者のまま使えるサービスは各行の規約で決まる
- 日本の金融機関がCRSに基づいて報告した非居住者の口座情報は、要件を満たす場合、国税庁からその人の税務上の居住地国の税務当局へ交換される(CRSの仕組み)
日本での支払い(住民税、税理士報酬、カードの引き落としなど)に使う口座は、出国後も残す必要がある人が多い。どの口座を残し、どれを閉じるかを出国前に決めておくと、手続きが散らからない。
iDeCoは、日本国籍で国民年金に任意加入すれば続けられる
iDeCoに加入できる人は、国民年金の加入区分などで決まっている。海外に住むことで国民年金の第1号被保険者の資格を失い、厚生年金などの被保険者にも当たらない場合は、そのままではiDeCoに掛金を出せない。
ただし、iDeCo公式サイトによると、20歳以上65歳未満の日本国籍を有する海外居住者で、国民年金の保険料納付済期間が480月に達していない人は、国民年金の任意加入被保険者になればiDeCoに加入できる(2022年5月から)。
- 加入者の資格を失った場合は、所定の手続きにより、掛金を出さずに運用だけを続ける「運用指図者」になる場合がある
- 外国籍の海外居住者は、日本国籍を要件とする国民年金の任意加入を使ってiDeCoに加入することはできない。厚生年金の被保険者など、別の加入資格を保っている場合は扱いが異なる
- 脱退一時金を受け取れるのは一定の要件をすべて満たす場合に限られ、日本国籍で20歳以上60歳未満の海外居住者は原則として対象外になる
国民年金の任意加入の手続きは代表取締役の海外移住と社会保険でも触れている。会社から報酬を受けて厚生年金に加入し続ける人は、扱いが異なるので注意したい。
口座の株式は、出国税の1億円の判定にも入る
NISAや特定口座の中の上場株式、投資信託は、出国税(国外転出時課税)の対象となる有価証券等に含まれる。口座の種類にかかわらず、対象となる有価証券等の価額を、非上場の自社株など他の対象資産と合計して判定する。合計1億円以上で、原則として出国の日前10年以内に国内に住所・居所があった期間が5年を超えるなどの要件を満たすと、出国時に含み益に所得税がかかる。
口座ごとの扱いだけを見ていると、この合計の判定を見落としやすい。口座の残高と自社株の評価額を合わせて、1億円に近いかどうかを確認しておきたい(出国税の判定)。
出国前・出国中・帰国後にやること
| 時期 | やること |
|---|---|
| 出国前 | 口座と残高の一覧を作る。NISAの届出書の種類を金融機関に確認する。特定口座継続適用届出書を出すか決める。iDeCoの任意加入を検討する。出国税の判定をする |
| 出国の日まで | NISAの届出書と特定口座継続適用届出書を、金融機関が案内する期限までに出す。各金融機関に住所変更・非居住者になる旨を届け出る |
| 出国中 | 出国口座での受け入れ・払い出しに注意する。預金利子の源泉徴収、移住先での申告を確認する |
| 帰国後 | NISAの帰国届出書、特定口座開設届出書と出国口座内保管上場株式等移管依頼書を出す |
※届出の期限や様式は、金融機関の案内に従ってください。
私が口座について確認していること
私は、法人と個人、国内と海外を分けて、名義、契約者、受取人、口座、保管場所を一覧にしている。国内の資産と海外の資産についても、単に国を分けるだけでなく、通貨、管理者、換金のしやすさ、税務、相続のときの手続きまで確認するようにしている。
口座は、増やすより減らすほうが難しい。自分にしか分からない口座や契約が増えるほど、何かあったときに家族が困る。移住は、口座を整理する良い機会でもある。
この進め方が向かない人、注意が必要なケース
- 出国中も日本の口座で頻繁に売買したい人。出国口座では受け入れや払い出しで特定口座に戻せなくなることがあり、非居住者の取引を制限する金融機関もある
- 有価証券の合計が1億円に近い人。出国税の判定と、NISAの継続特例の対象外になる点をあわせて確認が必要
- 移住先で日本の口座の所得がどう課税されるか確認していない人。日本の源泉徴収とは別に、移住先の国で申告が必要になる場合がある
海外の銀行や証券会社で新たに口座を作るかどうかは、この記事では扱わない。特定の金融機関や商品を選ぶ前に、居住地、税務、相続のどこに影響するかを整理したい。
よくある疑問
Q. 海外移住したら、NISA口座はどうなりますか?
転任の命令等のやむを得ない事由による一時的な出国であれば、事前の手続きで一定期間、非課税の適用を受け続けられます。それ以外の出国では、届出によりNISA口座は廃止されます。自分の判断で移住する場合は、通常、廃止される側に当たると考えられます。手続きと期限は口座のある金融機関に確認してください。
Q. 海外移住しても、日本の証券口座で株を持ち続けられますか?
特定口座は出国で廃止されたものとみなされますが、出国の日までに「特定口座継続適用届出書」を出せば、特定口座に保管されていた上場株式等の全てを出国口座に残し、帰国後に特定口座へ戻せます。ただし、非居住者の口座の維持や取引は証券会社ごとに条件が異なります。
Q. 海外に住んでもiDeCoは続けられますか?
20歳以上65歳未満の日本国籍の海外居住者で、国民年金の保険料納付済期間が480月に達していない人は、国民年金に任意加入すればiDeCoに加入できます。加入者の資格を失った場合は、所定の手続きにより運用だけを続ける運用指図者になる場合があります。
口座の扱いは、出国の日までに決まる
NISAの届出書も特定口座継続適用届出書も、出国の前に出す書類だ。出国した後では間に合わない。
まずは、持っている口座と残高を一覧にしてほしい。国の制度で決まることと、金融機関に確認することを分ければ、出国前にやるべきことが見えてくる。