海外移住を考える経営者が、最初に調べるのはビザと住まいだ。次に、移住先の税率を調べる。

ただ、会社を持つ人の移住は、住所を移すだけでは終わらない。日本の会社を誰が経営するのか。役員報酬をどこで受け取るのか。自社株や不動産をどう持つのか。家族に何かあったとき、誰が資産を把握できるのか。

移住先の税率より先に、日本に残る会社・税金・資産・家族の論点を洗い出す必要がある。日本の住所をなくしても、日本の会社や日本にある財産をめぐる税金や手続きは続くからだ。

私は30歳でUAEに生活拠点を移した。いまも日本の事業に関わり、日本と海外を行き来している。この記事では、その経験と国税庁などの公式資料をもとに、経営者が移住前に確認したいことを時期別のチェックリストにまとめる。個々の論点は、それぞれの解説記事へのリンクから確認してほしい。

この記事が役に立つ方

  • 日本で会社を経営しながら、1〜2年以内の海外移住を検討している
  • 移住後も日本の会社の役員を続けるか、退くかを迷っている
  • 自社株・不動産・金融資産を持っており、移住前に何を整理すべきか知りたい

経営者の海外移住でやること一覧

先に全体を示す。会社を持つ人が移住前後に確認することは、主に次の12項目だ。

時期の目安確認すること
12か月前移住の目的、日本の会社の将来、日本との関係、資産の全体像、居住者・非居住者の考え方
6か月前代表者と役員報酬、社会保険、役員退職金の時期、海外法人をつくるかどうか
3か月前住民税、確定申告と納税管理人、出国税(自社株の評価額)
出国前銀行・証券・保険の取扱い、資産の一覧、国外財産調書・CRS、届出と支払い
移住後日本で続く源泉徴収と申告、移住先の税務・ビザ・医療・銀行、相続と家族

※時期は目安です。会社の状況や移住先によって前後します。

経営者の海外移住は「会社・税金・資産・家族」の4つで考える

会社員の海外赴任と、経営者の移住は違う。会社員は会社の制度に沿って手続きが進むが、経営者は会社そのものの扱いを自分で決める必要がある。

  • 会社:日本法人を続けるか、誰が代表を務めるか、役員報酬をどうするか
  • 税金:日本の住民税・所得税・出国税、移住後に日本で課税が続く所得
  • 資産:自社株、不動産、銀行・証券口座、保険をどの名義・どの国で持つか
  • 家族:家族が一緒に移るか、子どもの教育、相続が起きたときの手続き

4つは互いにつながっている。たとえば役員報酬を続ければ、日本で源泉徴収が続き、社会保険の扱いにも影響する。自社株の評価額が大きければ、出国税の判定に関わる。

私自身、移住を考え始めた頃は、税金には一つの正解があり、詳しい専門家に聞けば教えてもらえると思っていた。実際には、会社の現金、借入、個人資産、家族、居住地、事業を続けるか売るかで答えが変わった。何を残したいのかを決めないまま、税金の答えだけを集めても比較できなかった。

12か月前:移住の目的と、日本に残すものを決める

最初の作業は、手続きではなく整理だ。次の問いに、自分の言葉で答えを書き出す。

  1. 移住の目的。家族の生活、子どもの教育、事業の拡大、資産の分散など、何のために移るのか
  2. 日本の会社の将来。続けるのか、後継者に任せるのか、売却するのか
  3. 日本との関係。年にどれくらい日本に戻るのか、日本に住まいを残すのか
  4. 資産の全体像。法人と個人、国内と海外に分けて、何をどれだけ持っているか

このとき、税負担だけで移住先や時期を決めないほうがいい。日本の税法では、住所は「生活の本拠」がどこかで判断され、滞在日数だけでなく、住まい、職業、家族、資産の状況などを総合して判定される。日本に生活の拠点が残っていれば、海外にいる日数が多くても居住者とされる可能性がある。所得税法では、国内に住所がある人と、国内に引き続き1年以上居所がある人が居住者とされる。判定の考え方は非居住者の役員報酬と判定で整理している。

6か月前:日本法人と役員報酬の形を決める

移住後も日本の会社の役員を続ける経営者は多い。その場合に確認したいのは次の3つだ。

  • 役員報酬の税金。日本法人の役員として受け取る報酬は、海外で勤務していても原則として日本で課税され、非居住者には原則20.42%(2026年10月時点)の源泉徴収が行われる。海外支店に使用人として常時勤務する場合などの例外や、租税条約による扱いもある(非居住者の役員報酬と源泉徴収)
  • 社会保険。海外から経営に継続して関わり、その対価として報酬を受けるなど、会社に使用される実態があれば、健康保険・厚生年金の加入が続く方向になる。介護保険、家族の扶養、移住先との社会保障協定は別に確認する(代表取締役の海外移住と社会保険)
  • 役員退職金の時期。移住前に受け取るか、移住後に受け取るかで、課税の仕組みが変わる(非居住者の役員退職金)

もう一つ、海外で法人を作る場合は、日本の個人・法人による株式の保有割合、現地での事業の実体、現地の税負担の割合などによって、外国子会社合算税制の検討が必要になる。日本から業務を行う場合の申告関係も、別に確認が要る。判定の流れは外国子会社合算税制とはで整理している。

私はUAEで海外法人を持ったが、日本の事業との関係は切っていない。海外法人を作った後も、会計、契約、口座、申告の管理は国ごとに続く。作る前に、維持する手間と費用まで見積もっておきたい。

3か月前:住民税・確定申告・出国税を確認する

出国の日が近づいたら、日本の税金の手続きを確認する。

  • 住民税:その年度の1月1日に住所がある市区町村が、前年の所得に対して課税する。1月2日以降に出国しても、その年度分は原則として全額かかる。翌年1月1日に国内に住所がなければ、翌年度分は原則として課されない(海外移住と住民税)
  • 確定申告と納税管理人:所得税の確定申告が必要な人が、納税管理人を届け出ずに出国すると、その年の所得は出国の時までに申告・納税する。出国前に税務署へ届け出れば、通常の申告期間に納税管理人を通じて申告できる。住民税の納税管理人は、市区町村に別に届け出る(海外移住の確定申告)
  • 出国税(国外転出時課税):対象となる有価証券等の合計が1億円以上で、国外転出の日前10年以内に国内に住所または居所があった期間が5年を超える人が国外に転出すると、含み益に所得税がかかる。非上場の自社株も対象に含まれる(出国税の判定)

経営者が見落としやすいのは出国税だ。上場株を持っていなくても、自社株の評価額だけで1億円に届くことがある。評価額は、移住の数か月前に顧問税理士に試算してもらいたい。

出国前:口座・保険・資産を一覧にする

税金と並んで手間がかかるのが、お金の管理だ。私は、法人と個人、国内と海外を分けて、次のものを一覧にしている。

  • 会社に残す資産と、個人として持つ資産
  • 日本で持つ資産と、海外に分散する資産
  • 名義、契約者、受取人、口座、保管場所

地味な作業だが、自分にしか分からない口座や契約が増えるほど、家族の負担は大きくなる。海外の資産は、通貨、管理者、換金のしやすさ、相続時の手続きまで確認しておきたい。

あわせて、日本の銀行・証券会社・保険会社に、非居住者になった後の取扱いを確認する。金融機関によっては、非居住者の取引に制限を設けていることがあるからだ。具体的な条件は各社の規約で確認してほしい。

海外の資産には、申告の義務もある。その年の12月31日に国外財産の合計が5,000万円を超える居住者(非永住者を除く)は、原則として翌年6月30日までに国外財産調書を出す(国外財産調書)。出国する年の扱いは税理士に確認したい。また、CRS(共通報告基準)に参加する国・地域の金融機関は、口座を持つ人の税務上の居住地を確認し、対象となる口座の情報が税務当局の間で定期的に交換される(CRS)。

1か月前〜出国当日:届出と支払いを済ませる

  • 市区町村に国外転出の届出をする
  • 所得税と住民税の納税管理人を、それぞれ税務署と市区町村に届け出る
  • 会社で、役員本人の出国時の年末調整を行う(国税庁 No.2517)
  • 出国税の対象になる人は、申告と納税猶予の手続きを確認する
  • 健康保険・厚生年金、家族の扶養の届出を確認する
  • 銀行・証券・保険会社に、住所変更と非居住者になる旨を連絡する

届出の要否や期限は、市区町村や金融機関によって異なる。出国の日から逆算して、一覧で管理しておきたい。

移住後:日本で続く税金と手続きを把握する

非居住者になっても、日本との税金の関係はなくならない。

  • 日本法人からの役員報酬は、日本で源泉徴収が続く。移住先でも申告が必要になる場合があり、租税条約などによる二重課税の調整を確認する
  • 日本の不動産を貸していれば、借主が賃料から原則20.42%を源泉徴収する(借主が個人で、自分や親族の住まいとして借りる場合を除く)。貸主は原則として日本で確定申告して精算する(非居住者の家賃と源泉徴収)
  • 日本の不動産を売れば、買主が代金から原則10.21%を源泉徴収する(個人が自分や親族の住まいとして1億円以下で買う場合を除く)。売主は原則として確定申告して精算する(非居住者の不動産売却)
  • 移住先の国の税金と、日本との租税条約の内容を確認する

私が移住して最初に困ったのは、何か問題が起きたとき、どこに問い合わせればよいか分からないことだった。日本なら一つの窓口で済むことも、海外では行政、銀行、住居、契約と、それぞれ別の相手に確認する必要がある。日本側と現地側の相談先を、出国前に決めておくことを勧めたい。UAEに移った経験と税金の論点はドバイ移住の税金にまとめている。

移住先で確認すること:ビザ・税務・医療・銀行

移住先の国での準備は、国ごとに大きく違う。少なくとも次の点は、現地の官公庁や専門家に確認したい。

  • 本人と家族の在留資格(ビザ)と、更新の条件
  • 移住先での税務上の居住者の扱いと、申告の要否
  • 医療保険、子どもの学校
  • 現地の銀行口座の開設に必要な書類

この記事は日本側の論点を中心に扱う。移住先の制度は変わりやすいため、最新の情報を現地で確認してほしい。

家族と相続:移住しても日本の相続税は続く

国外の財産まで日本の相続税の対象になるかは、亡くなった人と相続する人の双方について、相続時の住所、相続開始前10年以内に日本に住所があったか、日本国籍があるかを組み合わせて判定する。本人が海外に移れば済む制度ではなく、親と子の両方の条件を見る(海外移住と相続税の10年ルール)。

相続の場面で問題になるのは、税額だけではない。国をまたいだ資産は、名義の確認や手続きに時間がかかる。移住前に、家族が資産の存在を把握し、管理や換金ができる状態にしておきたい。

海外移住が向かない人、注意が必要なケース

  • 税負担を下げることだけが目的の人。日本に生活の本拠が残れば居住者のままで、日本法人からの報酬や日本の財産への課税も続く
  • 日本の会社に毎月長く出社する必要がある人。滞在が長くなれば、住所の判定や会社の管理の実態が問われやすい
  • 自社株の評価額が大きく、出国税の納税資金がない人。納税猶予の制度はあるが、担保や手続きの条件がある
  • 家族の合意が取れていない人。教育、医療、親の介護など、税金以外の理由で戻ることになる例は少なくない

海外に出ることを成功の記号にする必要はない。国内でできることを確認し、海外を使う意味がなければ、使わないという結論もある。

専門家への相談は「前提をそろえて」聞く

移住の準備では、税理士、弁護士、金融機関、現地の実務家と、相談先が増える。そして、同じ状況を説明しても答えが違うことがある。

私も最初は、どちらかが間違っているのではないかと戸惑った。確かめていくと、多くは見ている前提や担当分野が違うためだった。そこで、会社の状態、個人の状況、居住地、将来の方針といった前提をそろえて伝え、次の2つを聞くようにした。

  • どの前提に基づく回答なのか
  • 何が変わると結論が変わるのか

この2つを聞くと、意見の違いが条件の違いとして見えてくる。ただし、どのリスクを受け入れるかは、最後は経営者自身が決めるしかない。相談の進め方は税理士のセカンドオピニオンでも触れている。

よくある疑問

Q. 経営者が海外移住しても、日本の会社の社長を続けられますか?

海外に住みながら役員を続けること自体は可能です。ただし、役員報酬への源泉徴収、社会保険の扱い、会社の管理の実態など、確認すべき点が増えます。続けるか退くかは、報酬の受け取り方や後継者の状況とあわせて検討してください。

Q. 海外移住すると、日本の税金はかからなくなりますか?

なくなるとは限りません。非居住者になっても、日本法人からの役員報酬、日本の不動産の賃料や売却益など、日本で生じる所得には課税が続きます。相続税も、住所と国籍の条件によって国内外の財産が対象になります。

Q. 海外に183日以上いれば非居住者になりますか?

日本の所得税では、滞在日数だけで居住者・非居住者は決まりません。住所は生活の本拠がどこかで判断され、住まい、職業、家族、資産の状況などを総合して判定されます。

Q. 自社株も出国税の1億円の判定に入りますか?

入ります。非上場株式も対象となる有価証券等に含まれるため、上場株を持っていなくても、自社株の評価額によって1億円以上になることがあります。

Q. 海外移住の準備は、いつから始めればいいですか?

会社を持つ経営者は、出国の1年ほど前から整理を始めると、役員報酬や退職金、出国税の試算、資産の一覧づくりを順に進めやすくなります。住民税の扱いは1月1日の住所で決まるため、出国日の決め方も早めに検討してください。

移住先の税率より、日本に残るものから整理する

経営者の海外移住は、ビザと住まいの手続きだけでは終わらない。日本の会社、日本で続く税金、国をまたぐ資産、家族と相続。この4つを、出国の1年前から順に整理していく。

何から手をつけるか迷ったら、まず資産と会社の一覧を作ってみてほしい。一覧ができれば、どの専門家に何を聞くべきかが見えてくる。