海外に移住する。ただ、日本の会社は続ける。経営はオンラインで見て、必要なときに日本に戻る。会社を持つ経営者の移住では、よくある形だ。

このとき迷うのが、日本の会社での自分の立場だ。代表取締役を続けるのか、後任に譲るのか、役員を退いて株主として関わるのか。

先に結論を書く。代表取締役が海外に住むこと自体は、登記の上でも認められている。ただし、どの立場を選んでも、日本の会社は日本の制度の上にある。報酬や配当には日本で源泉徴収がかかり、社会保険、登記、自社株の扱いも続く。

この記事では、法務省・国税庁などの資料と、UAEに移った私自身の経験をもとに、海外移住後の日本法人で確認することを、立場の選び方から順に整理する。移住全体の準備は経営者の海外移住チェックリストにまとめている。

この記事が役に立つ方

  • 日本で会社を経営しながら、海外移住を検討している
  • 移住後も代表取締役を続けるか、後任に譲るかを迷っている
  • 海外から日本の会社の報酬・配当・株式をどう扱うか整理したい

代表取締役は、全員が海外に住んでいても登記できる

以前は、日本の株式会社の代表取締役のうち、少なくとも1人は日本に住所が必要という取扱いがあった。法務省は、この取扱いを廃止し、代表取締役の全員が日本に住所を有しない株式会社の設立や就任の登記も受理するとしている(2015年3月16日の通知)。日本国籍である必要もない。

そのため、社長が海外に移っても、代表取締役を続けること自体はできる。問題になるのは、続けた場合に何が起きるかだ。

まず登記だ。代表取締役の氏名と住所は登記事項で、会社法は、登記事項に変更が生じたときは2週間以内に本店の所在地で変更の登記をすることを求めている。移住で代表取締役の住所が変われば、住所変更の登記が必要になる。

移住後の立場は「続ける・譲る・株主として関わる」の3つ

移住後の日本法人での立場は、大きく3つに分かれる。

立場主な確認事項
A 代表取締役を続ける住所変更の登記、役員報酬の源泉徴収、社会保険、日本での契約・金融機関とのやりとりを海外からどう回すか
B 代表を後任に譲り、取締役に残る後任の代表者の選任と登記、役員報酬の見直し、経営判断をどこまで任せるか
C 役員を退き、株主として関わる役員退職金の時期、配当の源泉徴収、議決権の持ち方、自社株の出国税と相続

※代表的な形を簡略化したものです。会社の規模、株主構成、後継者の有無によって選択肢は変わります。

どれが正解ということはない。私は、会社の株式を持つことと、会社を経営することを分けて考えるようにしている。所有者と経営者が、将来も同じである必要はない。移住は、この2つを分けて考えるきっかけになる。

役員報酬は、海外にいても日本で20.42%の源泉徴収

AかBで役員を続けて報酬を受け取る場合、日本の会社の役員としての報酬は、海外で勤務していても原則として日本の国内源泉所得になる。非居住者に支払う報酬には、原則20.42%の源泉徴収がかかる(2026年10月時点)。

  • 出国する年は、出国の時に会社で年末調整を行い、出国後に支払う報酬から非居住者としての源泉徴収に切り替える
  • 役員が使用人として海外の支店などに常時勤務する場合などには、例外がある
  • 移住先の国でも申告が必要になる場合があり、租税条約や外国税額控除などによる二重課税の調整を確認する

報酬の額をいくらにするかは、日本の源泉徴収、移住先の税、社会保険、会社の利益への影響をあわせて考える必要がある。判定の考え方は非居住者の役員報酬と源泉徴収で詳しく整理している。

社会保険は、海外に住むだけでは外れない。経営参画と報酬の実態で判断される

健康保険と厚生年金は、海外に住んでいるかどうかだけでは決まらない。海外から経営に継続して関わり、その対価として報酬を受けるなど、会社に使用される実態があれば、加入が続く方向になる。

Aで代表取締役を続け、海外から経常的に経営に参画し、その対価として経常的に報酬を受ける実態があれば、資格が続く方向で判断される。Cで役員を退いて報酬がなくなれば、扱いは変わる。介護保険や家族の扶養、移住先の国との社会保障協定は、別に確認が必要だ。詳しくは代表取締役の海外移住と社会保険で解説している。

役員を退くなら、退職金の時期と配当の扱いを先に確かめる

Cのように役員を退く場合、役員退職金を移住の前に受け取るか、後に受け取るかで課税の仕組みが変わる。非居住者が受け取る退職金のうち、日本の会社の役員としての勤務などに基因する部分(国内源泉所得)には、原則20.42%の源泉徴収がかかる。「退職所得の選択課税」という精算の仕組みもある(非居住者の役員退職金)。

役員を退いた後、会社から利益を受け取る方法は主に配当になる。非居住者に支払う配当には、上場株式等以外の株式の場合、原則20.42%の源泉徴収がかかる。移住先の国との租税条約で、税率が軽減されることがある。

役員報酬、退職金、配当のどれで受け取るかによって、日本と移住先の税、社会保険、会社の法人税への影響が変わる。社長の手取りを増やす方法で整理した「お金の出口」の考え方は、移住後も同じように使える。

日本法人は日本で法人税の申告を続ける。会社の「居場所」にも注意

日本に本店がある会社は、社長が海外に移っても日本の法人として、日本で法人税の申告を続ける。日本側の事業年度や申告期限は、通常、社長の移住だけでは変わらない。

一方で、移住先の国によっては、会社の経営が実際に行われている場所をもとに、法人の税務上の居住地を判断する考え方をとることがある。社長が海外から日々の経営判断を行うと、移住先の国で会社の扱いが問題になる可能性がある。移住先の専門家に、事前に確認しておきたい。

海外で新たに法人を作る場合は、日本の個人・法人の株式の保有割合、現地の事業の実体、現地の税負担の割合などによって、外国子会社合算税制の検討も必要になる(外国子会社合算税制とは)。

自社株は、出国税と相続の両方で見ておく

どの立場を選んでも、株式を持ち続ける限り、自社株の論点は残る。

  • 出国税(国外転出時課税):非上場の自社株も対象。対象となる有価証券等の合計が1億円以上で、原則として出国の日前10年以内に国内に住所・居所があった期間が5年を超えるなどの要件を満たすと、出国時に含み益に所得税がかかる(出国税の判定)
  • 相続税:亡くなった人と相続する人の双方の住所、日本国籍、過去10年の住所などによって、課税の範囲が変わる。外国籍の人の在留資格や、出国税の納税猶予中に亡くなった場合などには別の規定もある(海外移住と相続税の10年ルール)
  • 承継:後継者に株式をいつ、どう渡すか。移住後は、贈与や売却の手続きにも時間がかかる

自社株の評価額は、会社の利益や資産の状況で毎年変わる。移住の前に、顧問税理士に評価額を試算してもらうことを勧めたい(自社株の相続税評価の仕組み)。

海外から日本の会社に関わるために、整えておきたいこと

私はUAEに移住し、海外に法人を持った後も、日本の事業との関係を切っていない。日本で複数の事業に関わり、仲間や顧客がいる。

事業に関わり続けるうえで私が重視しているのは、責任者に任せる範囲と、報告の基準を言葉にしておくことだ。売上が足りない、人が辞めそうだ、資金が足りない。こうした情報は、早く分かれば対策できる。期限を過ぎてから知れば、できることは限られる。社長が日本にいない時間が長くなるなら、なおさら事前に決めておきたい。

また、海外法人を作った後には、会計、契約、口座、申告の管理が国ごとに続く。日本と現地のそれぞれで、誰に何を相談するかを決めておくことも欠かせない。

この形が向かない人、注意が必要なケース

  • 日本の会社に頻繁に出社する必要がある人。日本での滞在が長くなると、住所の判定や、会社の管理の実態が問われやすい
  • 代表者個人の保証や信用で取引・借入をしている会社。代表者が海外に住むことについて、金融機関や取引先の対応を事前に確認したい
  • 任せられる後任や幹部がいない会社。移住後に経営判断が滞れば、事業そのものに影響が出る
  • 税負担を下げることだけが目的の人。日本の会社からの報酬・配当、自社株への課税は、移住後も日本の制度の上で続く

よくある疑問

Q. 海外に住んでいても、日本の会社の代表取締役になれますか?

なれます。法務省は2015年の通知で、代表取締役の全員が日本に住所を有しない株式会社の設立や就任の登記も受理する取扱いにしています。ただし、移住で住所が変われば、2週間以内に住所変更の登記が必要です。

Q. 海外移住後も、日本の会社からの役員報酬に日本の税金はかかりますか?

原則としてかかります。日本の会社の役員としての報酬は、海外で勤務していても国内源泉所得とされ、非居住者には原則20.42%の源泉徴収が行われます。移住先の国での課税と、租税条約による調整もあわせて確認してください。

Q. 海外移住したら、日本の会社をたたむべきですか?

一律には言えません。会社を続けるか、後任に任せるか、売却や清算をするかは、事業の将来、後継者、株式の価値、移住後の生活資金によって変わります。清算や売却にも税金がかかるため、移住の前に選択肢を比べておくことが大切です。

移住しても、日本の会社は日本の制度の上にある

代表取締役が海外に住むことはできる。ただし、登記、報酬と配当の源泉徴収、社会保険、法人税、自社株は、移住後も日本の制度の上で続く。

続けるか、譲るか、株主として関わるか。決める前に、会社から何を受け取り、誰に何を任せるのかを書き出してみてほしい。それが、移住後の日本法人の形を決める材料になる。