海外に住まいを移しても、日本の会社の代表取締役は続ける。経営はオンラインで見て、役員報酬もこれまでどおり受け取る。

このとき気になるのが、健康保険と厚生年金だ。「海外に住むなら日本の社会保険は抜けるのでは」と考える人もいれば、「報酬がある限り続くのでは」と考える人もいる。

日本年金機構は、健康保険と厚生年金保険は、適用事業所に勤務する限り、国内の住所の有無を問わず加入すると説明している。代表取締役の場合は、会社から経営参画の対価として報酬を受けているかどうかが、判断の中心になる。

この記事では、2026年9月時点の日本年金機構・厚生労働省の資料をもとに、海外に住む代表取締役の被保険者資格の考え方、介護保険と家族の扶養、社会保障協定、国民年金の任意加入、将来の年金の受け取りを整理する。

見るべきは住所が海外かどうかではなく、会社から経営参画の対価として報酬を受け続けるかどうかだ。ただし、最終的な判断は個別の実態によるため、断定できない部分は年金事務所・社会保険労務士への確認を前提に読んでほしい。

この記事が役に立つ方

  • 代表取締役を続けたまま海外に住むことを考えている
  • 海外移住後の健康保険・厚生年金・家族の扶養がどうなるか知りたい
  • 将来の年金が海外に住むことでどう変わるのか整理したい

健康保険・厚生年金は、住所ではなく「会社に使用されているか」で決まる

健康保険と厚生年金保険は、適用事業所に使用される人が加入する制度だ。日本年金機構は、使用される関係を「雇用契約書の有無などとは関係なく、適用事業所で働き、労務の対償として給与や賃金を受ける使用関係」と説明している。

そのうえで、海外への転勤・転職の手続きについて、適用事業所に勤務する限り、国内における住所の有無を問わず加入するとしている。

ここから言えるのは、海外に住むこと自体は、健康保険・厚生年金の資格を失う理由にならないということだ。問題は、海外に住んだ後も、その会社に「使用されている」と言えるかどうかにある。

会社員であれば、雇用関係と給与の支払いで判断しやすい。代表取締役の場合は雇用契約がないため、別の基準で判断される。

代表取締役の被保険者資格は、経営参画の実態と報酬の支払いで判断される

法人の代表者の扱いは、1949年(昭和24年)の厚生省通知が出発点になっている。この通知は、法人の代表者や業務執行者であっても、法人から労務の対償として報酬を受けている者は、法人に使用される者として被保険者の資格を取得させるとしている。

2026年3月18日には、厚生労働省が法人の役員の被保険者資格の取扱いを改めて明確にする通知を出した。そこでは、役員の被保険者資格を次の2つの基準で、実態を踏まえ総合的に判断するとしている。

  1. その業務が、実態において法人の経営に対する参画を内容とする経常的な労務の提供であるか
  2. その報酬が、その業務の対価として法人から経常的に支払いを受けるものであるか

同じ通知は、基本的に健康保険等の適用はないと判断する例として、役員会に出席していても役員への連絡調整や職員への指揮監督に従事していない場合、求めに応じて意見を述べる立場にとどまる場合、役員会への出席について支払われる報酬、旅費など実費弁償的な支払いなどを挙げている。

判断にあたって考慮する事実として、指揮命令する職員の有無、決裁権のある所管業務の有無、役員間の取りまとめや代表者への報告業務の有無、会議への出席頻度や出勤頻度なども示されている。

海外に住む代表取締役に当てはめると、海外からでも経営判断・決裁・指揮監督を日常的に行い、その対価として毎月報酬を受けているなら、被保険者資格が続く方向で考えることになる。一方、実質的に経営から離れ、報酬も名目的になるなら、判断は変わりうる。どちらに当たるかは、個別に年金事務所・社会保険労務士へ確認してほしい。

報酬を受け続ける場合、保険料は続き、介護保険と家族の扶養が変わる

被保険者資格が続く場合、健康保険料と厚生年金保険料は、国内にいるときと同じく標準報酬月額をもとに会社と本人が負担する。役員報酬の水準を見直す場合は、税金と社会保険料をあわせて考える必要がある。その考え方は役員報酬の決め方で整理している。

一方で、海外に住むことで扱いが変わる点がある。

  • 介護保険:国内に住所がある人だけが加入する。海外に住所を移す場合は「介護保険適用除外等該当・非該当届」を出す
  • 家族の扶養:2020年4月以降、健康保険の被扶養者(国民年金第3号被保険者を含む)の認定には、原則として日本国内に住所があることが要件になっている
  • 海外での医療:協会けんぽの場合、海外で急な病気やけがの治療を受けたときは「海外療養費」を申請できる。ただし、治療を目的に渡航した場合は対象外で、支給額は日本国内で同じ治療を受けた場合の費用を基準に計算し、自己負担相当額を差し引いた額になる

家族の扶養には例外がある。日本年金機構は、留学生や「外国に赴任する被保険者に同行する者」などを海外特例要件として示し、届出により被扶養者として認定できるとしている。ただし、海外に住む代表取締役に同行する家族がこの特例に当たるかは、渡航の目的や事情によって個別に判断される。家族を扶養に残したい場合は、出国前に確認が要る。

日本の役員報酬が海外でも源泉徴収されることなど、税の側の扱いは非居住者の役員報酬と源泉徴収で整理している。

報酬をやめる・経営から離れる場合は、資格喪失と国民年金の任意加入を考える

海外移住を機に報酬の支払いをやめる、または経営の実務から離れて非常勤的な関わりにする場合は、健康保険・厚生年金の資格を失う可能性がある。その場合、日本の公的年金との関係は国民年金の扱いになる。

日本年金機構は、海外に居住することになった人は国民年金の強制加入被保険者ではなくなるが、日本国籍であれば任意加入できると説明している。対象は、外国に居住する日本人で20歳以上65歳未満の人だ。

  • 手続き:これから海外に転出する人は、住んでいる市区町村の窓口で申し出る
  • 保険料の納め方:国内の親族などの協力者が代わりに納めるか、日本国内の預貯金口座から引き落とす
  • 効果:保険料を納めた期間は老齢基礎年金に反映される。海外在住中の死亡や障害についても、遺族基礎年金・障害基礎年金の対象になる

任意加入しない場合、海外に住んでいた期間(20歳以上60歳未満)は「合算対象期間」、いわゆるカラ期間になる。受給資格期間の計算には入るが、年金額には反映されない期間だ。

注意したいのは、社会保険料の負担を下げることを目的に、実態と合わない届出をすることだ。2026年3月の通知は、法人に使用されている実態がない人の資格取得の届出は、健康保険法・厚生年金保険法の規定に反するとしている。資格の取得も喪失も、実態に合わせて届け出るものであり、保険料の損得で選ぶものではない。

住む国との社会保障協定で、加入する制度が調整されることがある

海外に住んで働く場合、住む国の社会保障制度にも加入を求められることがある。日本の制度と二重に保険料を負担したり、どちらの国でも年金の加入期間が足りなかったりする問題を調整するのが、社会保障協定だ。

日本年金機構によれば、社会保障協定の目的は「保険料の二重負担の防止」と「年金加入期間の通算」の2つだ。2025年12月1日にオーストリアとの協定が発効し、日本が協定を発効させている国は24か国になった。英国、韓国、中国、イタリアとの協定は、保険料の二重負担防止のみを対象としている。

協定の基本的な考え方は次のとおりだ。

  • 原則:働いている国の社会保障制度のみに加入する
  • 例外:日本の事業主から5年を超えない見込みで派遣される場合は、日本の制度のみに加入し、相手国の制度の加入が免除される
  • 日英・日韓の協定:両国で同時に就労する場合は、生活の本拠がある国の年金制度のみに加入する

ここで難しいのは、海外に移住した代表取締役が、協定上の「派遣」や「自営業者」のどれに当たるかだ。協定の内容は国ごとに異なり、日本の会社の代表者として海外から経営する形がどう扱われるかは、日本年金機構の一般的な説明だけでは判断できない。協定のない国に住む場合は、日本と現地の両方の制度に加入しなければならないこともある。住む国が決まった段階で、年金事務所と現地の専門家の両方に確認したい。

将来の年金は、加入期間の積み上げ方と受け取り方で変わる

海外に住むことで、将来受け取る年金にも影響が出る。確認したいのは次の3点だ。

加入期間:何の制度に、何年加入するか

老齢基礎年金は、保険料納付済期間や免除期間などを合算した受給資格期間が10年以上ある場合に、65歳から受け取れる。厚生年金に加入し続ければ、その期間は老齢基礎年金と老齢厚生年金の両方に反映される。任意加入しなければ、海外在住期間はカラ期間として資格期間にだけ数えられる。

在職老齢年金:報酬を受け取りながら年金を受け取る場合

60歳以上で厚生年金に加入しながら老齢厚生年金を受け取る場合、報酬と年金の額に応じて年金が支給停止されることがある。2025年の年金制度改正法により、2026年4月から、支給停止の基準額は月51万円から65万円(2026年度の額)に引き上げられた。この基準額は毎年度、賃金の変動に応じて改定される。70歳以降も、厚生年金の適用事業所に勤めていれば在職による支給停止が行われる。海外に住む代表取締役でも、報酬を受けて被保険者であれば同じ仕組みが関係する。

受け取り:海外で年金を受け取る手続き

年金は自動的には始まらず、受給開始年齢に達した後に年金請求書を出す必要がある。海外に住む人は「外国居住年金受給権者 住所・受取金融機関 登録(変更)届」を添付する。受取先は海外の金融機関も指定できるが、送金通貨は国ごとに決められている。

また、非居住者が受け取る公的年金は、支払額から一定額を控除した金額に20.42%の税率で源泉徴収される。住む国と日本の租税条約に年金の条項があれば、届出により日本の所得税の免除を受けられることがあるが、条約があっても年金条項がないなどの理由で適用されない国・地域もある。

年金事務所・社会保険労務士に個別に確認したいこと

ここまでの内容のうち、制度の一般的な説明で答えが出るのは一部だ。出国前に、次の点を具体的な事実とあわせて確認しておきたい。

  1. 海外から行う業務の中身で、健康保険・厚生年金の被保険者資格が続くと判断されるか(決裁、指揮監督、会議への出席の頻度などを書き出して相談する)
  2. 報酬の額や支払い方を変える場合、資格や標準報酬月額にどう影響するか
  3. 配偶者や子どもが被扶養者・第3号被保険者のままでいられるか。海外特例要件に当たるか
  4. 住む国との社会保障協定の有無と、自分がどの区分で扱われるか。協定がない場合に現地で加入が必要な制度は何か
  5. 資格を喪失する場合の国民年金の任意加入の手続きと、保険料の納付を誰が担うか

このリストは、そのまま年金事務所や社会保険労務士への相談メモになる。税の論点とあわせて整理したい場合は、社長の手取りを増やす方法で扱った「報酬・退職金・承継」の全体像の中で位置づけると、判断がしやすい。

社会保険を理由に海外移住を考えるのが向かない人・注意が必要なケース

次のような場合は、社会保険や年金の扱いを前提に移住の計画を立てるのは慎重にしたい。

  • 社会保険料を減らすことが移住や報酬変更の主な目的になっている:資格は実態で判断され、実態と合わない届出は法令に反する
  • 家族を健康保険の扶養に残す前提で考えている:国内居住要件があり、海外特例要件に当たらなければ扶養から外れる
  • 住む国の社会保障制度を確認していない:協定の有無によっては、日本と現地の両方で保険料がかかりうる
  • 持病の治療などで日本の医療を頻繁に使う予定がある:海外療養費は治療目的の渡航を対象にしておらず、帰国時の受診方法も確認が要る
  • 将来の年金額を重視している:任意加入をしなければ、海外在住期間は年金額に反映されない

海外に住むかどうかは、家族や事業の理由で決めるものだ。社会保険と年金は、その決定に合わせて実態どおりに手続きを整える対象になる。

よくある疑問

Q. 代表取締役が海外に住んでも、厚生年金に加入し続けられますか?

健康保険・厚生年金は、適用事業所に勤務する限り、国内の住所の有無を問わず加入するとされています。代表取締役の場合、経営に参画する経常的な業務を行い、その対価として報酬を経常的に受けているかを、実態を踏まえ総合的に判断します。海外からの業務の中身によって判断が分かれうるため、年金事務所や社会保険労務士に個別に確認してください。

Q. 海外に住むと、国民年金はどうなりますか?

海外に居住すると国民年金の強制加入被保険者ではなくなりますが、日本国籍で20歳以上65歳未満であれば任意加入できます。厚生年金に加入し続ける場合は、厚生年金の被保険者として扱われます。任意加入しない海外在住期間は合算対象期間(カラ期間)となり、受給資格期間には数えられますが年金額には反映されません。

Q. 海外に住んでいても、日本の年金は受け取れますか?

受給資格を満たしていれば受け取れます。受給開始年齢に達した後に年金請求書を提出し、海外に住む場合は「外国居住年金受給権者 住所・受取金融機関 登録(変更)届」を添付します。海外の金融機関で受け取ることもできますが、送金通貨は国ごとに指定されています。所得税の源泉徴収や租税条約の扱いもあわせて確認が必要です。

社会保険を決めるのは住所より、海外から何をして報酬を受けるか

代表取締役が海外に住んでも、日本の会社との関係が続く限り、社会保険の論点は残る。海外からどんな経営の仕事をし、その対価として報酬を受けるか。その実態が、健康保険・厚生年金の資格を分ける。

そして資格が続くか途切れるかで、家族の扶養、国民年金の任意加入、将来の年金額まで連動して変わる。どちらの場合も、実態に合わせて届け出ることが前提になる。

海外に移った後、会社の決裁や指揮監督は、誰が、どこから行うことになるだろうか。その答えを書き出すことが、年金事務所に相談するときの最初の材料になる。