子どもの進学や家族の事情で、数年間海外に住む話が出てくる。事業が軌道に乗った経営者ほど、そうした選択肢を現実的に考える時期が来る。
そのとき「出国税」という言葉を目にする。ただ、検索するとまったく違う2つの税が同じ名前で出てくる。航空券に上乗せされる税と、資産の含み益にかかる税だ。
オーナー経営者に関係が深いのは後者の国外転出時課税である。1億円以上の有価証券等を持つ人が日本の住所をなくすとき、その含み益に所得税がかかる制度だ。
ここで見落とされやすいのが、自社株である。非上場の自社株も対象資産に入るため、上場株を持っていなくても1億円に届くことがある。
この記事では、2026年9月時点の制度をもとに、対象者の判定、課税の仕組み、納税猶予、帰国時の取消し、贈与・相続時の扱いを順に整理する。出国は住所を移す日であると同時に、保有株式の含み益が精算される日でもある。
この記事が役に立つ方
- 家族の事情などで、数年単位の海外居住を検討している
- 自社株や上場株などの有価証券が、合計で1億円前後ある
- 海外に住む子どもや親族に、株式を渡すことを考えている
「出国税」には、国際観光旅客税と国外転出時課税の2つがある
最初に名前を整理しておく。「出国税」と呼ばれるものは、主に次の2つだ。
| 通称 | 正式な名称 | かかる人 | 金額・課税の対象 |
|---|---|---|---|
| 出国税(旅客) | 国際観光旅客税 | 船舶・航空機で日本から出国する旅客(目的を問わない) | 出国1回につき3,000円(2026年7月1日以後) |
| 出国税(資産) | 国外転出をする場合の譲渡所得等の特例(国外転出時課税) | 有価証券等1億円以上などの要件を満たす居住者 | 対象資産の含み益に所得税 |
※2026年9月時点。国際観光旅客税は、2026年7月1日より前に締結された一定の運送契約による同日以後の出国には、改正前の1,000円が適用されます。
国際観光旅客税はこれまで1回1,000円だったが、2026年7月1日以後の出国から3,000円に引き上げられた。旅行や出張のたびに航空券代に上乗せされる税で、住所を移すかどうかとは関係がない。
以下で扱うのは、住所を国外に移すときにかかる国外転出時課税のほうである。
国外転出時課税の対象は「有価証券等1億円以上」かつ「10年のうち5年超の居住」
国外転出時課税は、2015年7月1日以後に国外転出をする人に適用されている。ここでいう国外転出とは、国内に住所も居所もなくなることをいう。旅行や短期の出張は含まれない。
対象になるのは、国外転出の時に次の2つをどちらも満たす居住者だ。
- 所有等している対象資産の価額の合計が1億円以上であること
- 原則として、国外転出の日前10年以内に、国内に5年を超えて住所または居所を有していること
対象資産は、有価証券(株式、投資信託など)、匿名組合契約の出資の持分、未決済の信用取引・発行日取引・デリバティブ取引である。預金や不動産は対象資産に含まれない。
居住期間の計算では、出入国管理及び難民認定法の別表第一の在留資格(経営・管理など)で在留していた期間は含めないとされている。日本に長く住む日本人経営者の場合は、通常2つ目の要件を満たす。
オーナー経営者は、自社株だけで1億円に届くことがある
1億円の判定には、上場株だけでなく非上場株式も含まれる。国税庁のFAQでは、上場株式以外の株式等の価額は、最近の売買価額や純資産価額等を参酌して、通常取引されると認められる価額によるとされている。
利益を積み上げてきた会社ほど、純資産が大きく、自社株の評価も高くなりやすい。仮に、次の条件で考えてみる。
- 社長が持つ自社株(非上場)の評価額:8,000万円
- 個人で持つ上場株式・投資信託:2,500万円
- 預金・不動産は対象資産でないため除外。評価方法の違いや信用取引等は考えない
| 資産 | 対象資産か | 判定に使う額 |
|---|---|---|
| 自社株(非上場) | 対象 | 8,000万円 |
| 上場株式・投資信託 | 対象 | 2,500万円 |
| 預金・不動産 | 対象外 | 0円 |
| 合計 | ― | 1億500万円(1億円以上) |
※仮の条件による単純計算です。実際の評価額は、評価方法や時点により異なります。
この場合、預金がいくらあっても判定には影響しない。一方で、自社株の評価額が少し動くだけで、1億円の線をまたぐことがある。出国を考え始めた段階で、自社株の評価額を顧問税理士に確認しておくと、判断の前提がそろう。
出国の時点で、含み益に所得税がかかる仕組みになっている
国外転出時課税では、対象資産を実際に売っていなくても、国外転出の時に譲渡等があったものとみなして、含み益に所得税(復興特別所得税を含む)が課税される。
いつの価額で計算し、いつまでに申告するかは、出国までに納税管理人の届出をしたかどうかで変わる。
| 出国までの納税管理人の届出 | 計算に使う価額 | 申告の期限 |
|---|---|---|
| 届出あり | 国外転出の時の価額 | 出国した年分の確定申告期限(翌年3月15日)まで |
| 届出なし | 国外転出予定日から起算して3か月前の日の価額 | 国外転出の時まで |
※2026年9月時点。国税庁リーフレット「国外転出される方へ」をもとに整理。
納税管理人とは、出国後に本人に代わって申告や納税の手続を行う人で、国内に住む人を選び、所轄の税務署に届け出る。後で説明する納税猶予などの措置は、出国までに納税管理人の届出をしていることが前提になる。出国後に届け出て申告する場合は、原則として納税猶予は使えない。
納税猶予は最長10年。納税管理人の届出と担保が条件になる
含み益に税がかかっても、実際には株式を売っていないため、納税資金がないこともある。そのために納税猶予の制度が設けられている。
納税猶予を受けるには、次の手続がそろう必要がある。
- 国外転出までに、納税管理人の届出をする
- 確定申告期限までに、一定の書類を添付した確定申告書を提出する
- 猶予を受ける所得税と利子税に相当する担保を提供する
猶予期間は国外転出の日から5年間で、延長の届出をすればさらに5年、最長10年になる。猶予期間中は、毎年12月31日時点で持っている対象資産について、翌年3月15日までに継続適用届出書を出す必要がある。提出がないと、猶予は打ち切られる。
猶予は免除ではない点にも注意したい。猶予期間中に対象資産を売った場合は、その分の税額を利子税と合わせて4か月以内に納める。猶予期間が満了した場合も、猶予されていた税額と利子税を納めることになる。
5年以内に帰国すれば、課税を取り消せる
国外転出時課税には、帰国した場合の取消しの仕組みがある。国外転出から5年以内(納税猶予期間を延長した場合は10年以内)に帰国し、出国時から引き続き持っている対象資産については、帰国の日から4か月以内に更正の請求をすることで、課税を取り消すことができる。
納税猶予を受けずに納税した人が5年以内に帰国した場合も、この取消しの対象になる。
そのほか、次の減額措置もある。
- 猶予期間中に売った対象資産の価額が、出国時より下がっていた場合の税額の減額
- 転出先の国でも課税され、二重課税が生じた場合の外国税額控除
- 猶予期間の満了時に、価額が出国時より下がっていた場合の税額の減額
どれも、手続の期限は原則として事由が生じた日から4か月以内だ。納税管理人を解任したり担保が不足したりすると、猶予税額の納付が必要になり、減額措置等も使えなくなる。出国後も、日本側の手続を管理し続ける体制が要る。
国外に住む家族への贈与・相続でも、同じ課税が生じる
国外転出時課税は、本人が出国する場合だけの制度ではない。国外に住む親族などに対象資産を渡す場合にも、同じ考え方の課税がある。
- 贈与の場合:1億円以上の対象資産を持ち、贈与の日前10年以内に国内に5年超住んでいた人が、非居住者に対象資産を贈与すると、贈与の時に譲渡等があったものとみなされ、贈与者に所得税がかかる。贈与した年分の確定申告で手続をする
- 相続の場合:同じ要件に当たる人が亡くなり、非居住者の相続人等が対象資産を取得すると、相続開始の時に譲渡等があったものとみなされる。相続人は、相続開始を知った日の翌日から4か月以内に準確定申告と納税を行う
どちらも、要件を満たせば納税猶予があり、非居住者である受贈者・相続人が5年以内(延長時は10年以内)に帰国すれば取消しを請求できる。
子どもが海外で暮らしている家庭では、自社株の承継を考える段階で、この制度が論点に入る。贈与税・相続税とは別に所得税の手続が生じるため、承継の設計と合わせて確認しておきたい。
海外に住むかどうかは、税金以外の理由で決めるもの
ここまでの仕組みを見ると、国外転出時課税は出国の時点で、含み益に対する日本の課税関係をいったん整理する制度だとわかる。出国によって税の負担が軽くなる、という方向の制度ではない。
海外に住む判断は、子どもの教育、家族の健康、事業の展開といった生活上・事業上の理由から出てくるものである。その判断をした後に、次のような論点が並ぶ。
- 出国時の含み益への課税と、納税猶予を使うか、担保を用意できるか
- 出国後も日本の会社の役員を続けるなら、役員報酬の源泉徴収や社会保険の扱い
- 転出先の国での課税関係と、租税条約
- 帰国する可能性と、その時期
こうした手続と費用を考えると、海外に住まない、あるいは短期の滞在にとどめるほうが合う家庭も多い。なお、住所は生活の本拠がどこにあるかを客観的な事実で判定するため、住まい方の案ごとに顧問税理士へ確認したい。
また、社長個人の資産や手取りの課題であれば、住む国を変える前に、役員報酬・退職金・社宅など、国内での「出口」の組み合わせを見直す方法がある。国内で完結する選択肢のほうが、確認すべき論点は少ない。
よくある疑問
Q. 出国税は1,000円と聞きましたが、国外転出時課税とは違うのですか?
1,000円(2026年7月1日以後の出国は原則3,000円)の出国税は、出国のたびに航空券代などに上乗せされる国際観光旅客税です。国外転出時課税は、1億円以上の有価証券等を持つ人が住所を国外に移す際に、含み益に所得税がかかる制度で、まったく別の税です。
Q. 国外転出時課税の1億円には、非上場の自社株も含まれますか?
含まれます。対象資産は株式などの有価証券で、上場・非上場を問いません。非上場株式の価額は、売買実例や純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額によるとされています。評価額の試算は、顧問税理士に依頼してください。
Q. 海外赴任で数年だけ出国する場合も、国外転出時課税の対象ですか?
国内に住所・居所がなくなれば国外転出に当たり、資産と居住期間の要件を満たせば対象になります。期間の長短で対象から外れる制度ではありません。ただし、5年以内(延長時10年以内)に帰国し、資産を持ち続けていれば、更正の請求により課税を取り消せる仕組みがあります。
出国の日は、保有株式の含み益が精算される日でもある
国外転出時課税を知ると、出国の見え方が変わる。住所を移す日は、1億円以上の有価証券等の含み益が、日本の所得税の計算に乗る日でもある。
納税猶予も帰国時の取消しも、出国までに納税管理人を届け出て、担保を用意し、毎年の届出を続けて初めて使える。準備の期限は、出国の日だ。
自社株と上場株を合わせた評価額は、いまいくらになっているだろうか。その数字が、海外での暮らしを考えるときの最初の確認材料になる。