M&Aの仲介会社から、「御社なら5億円前後で売れる可能性があります」と連絡が来る。後継者がいない会社にとって、会社売却は現実的な出口のひとつだ。
ここで多くの経営者が最初に見るのは、売却価格だ。けれど、社長の手元に残る額は価格だけでは決まらない。何を売るか(株式か、事業か)、誰が売るか(社長個人か、会社か)、どの名目で受け取るかで、かかる税金の種類と重さが変わる。
さらに、2026年3月に成立した税制改正で、極めて高い所得に対する負担の措置が見直された。2027年分以後、数億円規模の株式の売却益にも追加の負担が生じうる。
この記事では、株式譲渡と事業譲渡の課税の違い、役員退職金との組み合わせ、2027年からの見直しの影響を、国税庁・財務省の資料で確認しながら整理する。結論の方向は、価格ではなく経路ごとの税引後の手取りで比べることだ。
この記事が役に立つ方
- 後継者がおらず、会社の売却を選択肢として考え始めた
- 株式譲渡と事業譲渡で、税金がどう違うのか分かっていない
- 売却と退任のタイミング、退職金の扱いを決めていない
会社売却の税金は、「何を売るか」で納める人も税率も変わる
中小企業の売却でよく使われる方法は、大きく2つある。
| 方法 | 売る人 | 売る物 | 売却益に課税される人 |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 株主(社長個人) | 会社の株式 | 社長個人(譲渡所得) |
| 事業譲渡 | 会社 | 事業(資産・契約など) | 会社(法人税等) |
※2026年9月時点の一般的な整理です。会社分割など、ほかの方法もあります。
株式譲渡では、社長が自分の持つ株を買い手に売る。代金は社長個人に直接入り、課税も個人で完結する。
事業譲渡では、会社が事業を買い手に売る。代金は会社に入り、社長の手元には届かない。会社に入ったお金を個人に移すには、もう一度、別の出口を通る必要がある。
同じ「5億円で売れた」でも、この違いで手元に残る額は大きく変わる。
株式譲渡の税金は、譲渡益に20.315%の申告分離課税
個人が非上場株式を売った場合、利益は「一般株式等に係る譲渡所得等」として、給与などとは分けて課税される(申告分離課税)。計算は次のとおりだ。
(譲渡価額 − 取得費 − 譲渡費用)× 20.315% = 税額
税率の内訳は、所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%だ(2026年9月時点)。取得費は、株を取得したときの払込金額や購入代金になる。創業者なら、設立時の出資額が目安になることが多い。
親から相続や贈与で受け取った株は、親の取得費を引き継ぐ。承継した株を売る場合、取得費が小さく、売却額のほとんどが譲渡益になることもある。
また、2026年3月に成立した改正で、2027年分以後は復興特別所得税の税率が2.1%から1.1%に下がり、新たに防衛特別所得税(税率1%)が加わる。どちらも所得税額に対してかかるため、両者の合計は現行と同じ2.1%で、株式の譲渡益にかかる合計の税率は20.315%から変わらない計算になる。
株式譲渡の特徴は、税率が一律で、売却益がいくら大きくても累進にならないことだ。この点は、後で触れる2027年からの見直しと合わせて見る必要がある。
事業譲渡の税金は、まず会社に法人税等がかかる
事業譲渡では、売り手は会社だ。譲渡価額が、譲渡する資産の帳簿価額などを上回れば、その差額は会社の利益になり、その事業年度の法人税等の計算に入る。
ここまでで、課税は一度目だ。売却代金は会社の預金として残っている。社長個人が受け取るには、たとえば次の出口を通ることになる。
- 配当として受け取る:法人税等を払った後の利益から出し、個人の側で配当所得として課税される
- 役員退職金として受け取る:退職の事実と、金額の相当性が前提になる
- 会社を清算して残余財産を受け取る:清算の手続と、その時点での課税の整理が必要になる
つまり事業譲渡は、会社で一度、個人でもう一度という二段階の課税になりやすい。価格が同じなら、株式譲渡より社長の手取りが小さくなる傾向がある。
一方で、事業譲渡は買い手が引き継ぐ資産や契約を選べるため、買い手の都合で事業譲渡が求められることもある。どちらの方法になるかは、税金だけでなく、買い手との交渉でも決まる。
会社に残ったお金をどの出口から個人へ移すかは、社長の手取りを「お金の出口」で整理した記事と同じ考え方で整理できる。
役員退職金を組み合わせると、受け取り方の一部が退職所得になる
株式譲渡の場合でも、売却のタイミングで社長が退任し、会社から役員退職金を受け取る形がよく検討される。
理由は2つある。ひとつは、退職所得の課税が軽くなりやすいことだ。退職所得は、退職金から退職所得控除を引いた額の2分の1が課税の対象になり、ほかの所得と分けて計算される(役員としての勤続5年以下の場合は2分の1の計算がない)。
もうひとつは、会社の側で退職金が損金になり、純資産が減ることだ。その分、株式の価値は下がり、株式の売却価格も下がるのが通常だ。買い手が払う総額の一部を、株式代金ではなく退職金として受け取る形になる。
ただし、会社が損金にできるのは、業務内容や勤続年数などに照らして相当な金額までだ。不相当に高額な部分は損金にならない。また、退職したのに実質的に経営に関与し続けていると、退職の事実そのものが問われることがある。売却後も顧問などで関わる予定があるなら、その内容は事前に顧問税理士と確認しておきたい。
仮の計算:退職金は多いほど有利、とは限らない
退職金と株式譲渡で、1円あたりの税負担を比べてみる。条件は次のとおりだ。
- 役員としての勤続年数は仮に30年(退職所得控除は1,500万円)
- 退職所得以外の所得はないものとし、所得税は速算表、復興特別所得税2.1%、住民税10%で計算する
- 株式譲渡の税率は20.315%とし、取得費は考えない
- 会社側の損金算入の効果、極めて高い所得の措置、社会保険料は考えない
| 受け取る額 | 退職金で受け取った場合の税額 | 負担率 | 株式代金で受け取った場合の税額 |
|---|---|---|---|
| 5,000万円 | 約608万円 | 約12.2% | 約1,016万円 |
| 1億円 | 約1,888万円 | 約18.9% | 約2,032万円 |
| 2億円 | 約4,685万円 | 約23.4% | 約4,063万円 |
※仮の条件による単純計算です。実際の税額は、勤続年数、ほかの所得、退職金の相当性、売却価格への影響などによって異なります。
5,000万円や1億円なら、退職金のほうが負担率は低い。ところが2億円になると、退職金の負担率が株式譲渡の20.315%を上回る。退職所得は2分の1になっても累進税率がかかるためだ。
退職金は「多いほど得」ではなく、株式譲渡の税率と釣り合う水準がある。どこが境目になるかは勤続年数やほかの所得で変わるため、売却価格の交渉が始まる前に試算しておくと、配分の議論がしやすい。
2027年分から、極めて高い所得の負担の見直しが売却益に効いてくる
所得税には、「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」がある。2023年度改正で導入され、2025年分から適用されている。いわゆるミニマムタックスとも呼ばれる。
仕組みは、基準所得金額(申告分離課税の株式譲渡益なども含めた合計所得金額)から特別控除額を引き、一定の税率をかけた額が、通常の所得税額を上回る場合に、その差額を追加で納めるというものだ。
この措置が、2026年度(令和8年度)の税制改正で見直された。経緯は次のとおりだ。
- 大綱:2025年12月26日に閣議決定された「令和8年度税制改正の大綱」に盛り込まれた
- 成立:この内容を含む所得税法等の一部を改正する法律が、2026年3月31日に成立・公布された
- 適用:大綱では、2027年(令和9年)分以後の所得税に適用するとされている
| 項目 | 2026年分まで | 2027年分以後 |
|---|---|---|
| 特別控除額 | 3億3,000万円 | 1億6,500万円 |
| 税率 | 22.5% | 30% |
※財務省「令和8年度税制改正の大綱」、同「所得税法等の一部を改正する法律案要綱」、国税庁「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置について」をもとに作成。
基準は下がり、税率は上がる。2026年分までは、株式の譲渡益だけで追加の負担が生じるのは、単純計算で譲渡益が約9億9,000万円を超えてからだった。2027年分以後は、単純計算でおよそ3億3,000万円を超えるあたりから追加の負担が生じうる。中小企業の売却でも届きうる水準だ。
仮の計算:譲渡益5億円なら、追加の負担は2027年分から生じうる
どの程度の差になるかを、仮の数字で確かめる。
- 所得は非上場株式の譲渡益だけとする
- 通常の所得税額(基準所得税額)は、譲渡益×15%として単純化する
- 復興特別所得税・防衛特別所得税・住民税、ほかの所得や控除は考えない
| 株式の譲渡益 | 通常の税額(20.315%) | 追加の負担(2026年分まで) | 追加の負担(2027年分以後) |
|---|---|---|---|
| 3億円 | 約6,095万円 | 0円 | 0円 |
| 5億円 | 約1億158万円 | 0円 | 約2,550万円 |
| 10億円 | 約2億315万円 | 約75万円 | 約1億50万円 |
※仮の条件による単純計算です。追加の負担=(譲渡益−特別控除額)×税率−譲渡益×15%。実際の計算は、ほかの所得、控除、税額の範囲によって異なります。
譲渡益5億円の場合、2026年分までは追加の負担は生じないが、2027年分以後は約2,550万円の追加になる。売却の時期が1年ずれるだけで、手取りが変わりうるということだ。
ただし、売却の時期は買い手の都合や会社の業績で決まるもので、税金の都合だけで早めたり遅らせたりできるとは限らない。見るべきは、この措置を前提にした試算が、交渉の前にできているかどうかだ。
手取りは売却価格ではなく、経路ごとの税引後で比べる
会社売却の提案を比べるときは、次の項目を書き出すと、手取りの比較ができるようになる。
- 方法は株式譲渡か、事業譲渡か。買い手はどちらを想定しているか
- 株式の取得費はいくらか。相続や贈与で受けた株なら、元の取得費は分かるか
- 役員退職金を受け取るか。受け取るなら金額と勤続年数、会社の損金にできる範囲はどうか
- 売却益はいつの年分の所得になるか。2027年分以後の見直しの影響を受けるか
- 事業譲渡なら、会社に残った代金をどの出口で、いつ個人に移すか
- 売却後に会社や事業に関わる予定(顧問・役員の継続など)はあるか
この6つがそろうと、「5億円で売れる」という話を、社長個人の手取りがいくらになるかに置き換えられる。仲介会社の提示額と、顧問税理士の試算をつなぐのがこの一覧だ。
よくある疑問
Q. 会社売却の税金は、株式譲渡なら必ず20.315%で済みますか?
株式の譲渡益そのものにかかる税率は20.315%ですが、2027年分以後は、譲渡益がおおむね3億円台を超えると、極めて高い所得に対する負担の措置で追加の負担が生じる可能性があります。ほかの所得との合計や控除の状況でも変わるため、売却前に試算を依頼してください。
Q. 株式譲渡と事業譲渡、税金面ではどちらが有利ですか?
社長個人の手取りで見ると、株式譲渡は個人で一度の課税で済むのに対し、事業譲渡は会社と個人の二段階の課税になりやすいという違いがあります。ただし、会社の利益の状況や、代金を個人に移す方法と時期によって結果は変わり、事業譲渡を求める買い手もあります。方法ごとに税引後の手取りを試算して比べるのが確実です。
Q. 会社売却のときに受け取る退職金は、いくらまでなら大丈夫ですか?
会社側で損金にできるのは、業務内容や勤続年数、同業他社の水準などに照らして相当な金額までで、一律の上限はありません。また、個人の負担率は金額が大きくなるほど上がり、株式譲渡の税率を上回る水準もあります。会社側と個人側の両方から、顧問税理士と確認してください。
「いくらで売れるか」から「いくら手元に残るか」へ
会社売却の話は、価格から始まる。けれど社長の手取りは、株式か事業か、退職金をどう組み合わせるか、売却益がどの年分になるかで変わる。
2027年分からは、数億円規模の売却益にも追加の負担が生じうる。比べるべきは、提示された価格ではなく、経路ごとの税引後の手取りだ。
いま手元にある売却の提案は、社長個人の手取りに直すといくらになるだろうか。その数字を出せるだけの材料が、交渉の前にそろっているかどうかを確かめたい。