後継者に自社株を移したい。けれど、暦年課税で一度に贈与すれば、贈与税の税率は最高55%になる。年110万円ずつでは、何十年かかるか分からない。

こうした場面で候補に上がるのが、相続時精算課税だ。累計2,500万円までは贈与税がかからず、超えた部分も一律20%で済む。2024年1月からは、これとは別に年110万円の基礎控除も加わった。

ただし、この制度は「贈与税が安くなる制度」ではない。贈与の時にいったん軽く納め、相続の時に、贈与した財産を相続財産に足し戻して精算する制度だ。そして、一度選ぶと暦年課税には戻れない。

この記事では、相続時精算課税の仕組みと2024年からの変更点を国税庁の資料で確認し、暦年課税と比べたメリット・デメリットを整理する。判断の軸は、今の税額より、贈与する財産がこの先どう値動きするかに置く。

この記事が役に立つ方

  • 自社株や不動産を、生前に子や孫へ移すことを考えている
  • 相続時精算課税と暦年課税の違いが整理できていない
  • 2024年からの年110万円の基礎控除で、何が変わったか知りたい

相続時精算課税とは、贈与の時に軽く納め、相続の時に精算する制度だ

相続時精算課税は、贈与税の計算方法のひとつだ。通常の暦年課税に代えて、受け取る側が選ぶことができる。

使える人には条件がある。原則として、贈与の年の1月1日に60歳以上の父母・祖父母から、同じ日に18歳以上の子・孫(推定相続人または孫)への贈与が対象だ。

贈与税の計算は次のとおりだ。

(1年間の贈与額 − 基礎控除110万円 − 特別控除(累計2,500万円まで))× 20% = 贈与税

特別控除の2,500万円は、年ごとではなく贈与者ごとの累計だ。前年までに使った分は、残りの額が限度になる。また、特別控除は期限内に贈与税の申告をした場合に限って使える。

そして、贈与した人が亡くなったとき、この制度で受けた財産は贈与時の価額(2024年以後の分は、年ごとに基礎控除110万円を引いた残り)で相続財産に加算される。すでに納めた贈与税は相続税から差し引かれ、引ききれない分は還付を受けられる。

国税庁のパンフレットには、3,300万円を贈与し、相続財産が1,500万円(法定相続人3人)という計算例が載っている。贈与時の贈与税は138万円。相続時には合計4,690万円が相続税の基礎控除4,800万円に収まり、相続税は0円、138万円は還付される。同じ3,300万円を暦年課税で1年に贈与した場合の贈与税は1,180万円と示されている。

2024年からの年110万円の基礎控除で、少額の贈与は相続財産に戻らなくなった

2023年度の税制改正で、相続時精算課税に年110万円の基礎控除が設けられた。2024年1月1日以後の贈与から適用されている。

この110万円は、暦年課税の110万円とは別枠で、特別控除2,500万円より前に差し引かれる。基礎控除以下の贈与しかない年は、贈与税の申告も不要だ。

大きいのは相続時の扱いだ。基礎控除の110万円分は、相続財産に加算されない。何年前の贈与でも、亡くなる直前の贈与でも同じだ。

暦年課税の110万円は、相続前の加算期間(3年から7年へ段階的に延長)に入ると、相続財産に足し戻される。相続時精算課税の110万円には、この足し戻しがない。少額の贈与を毎年続ける場合、2024年以後は相続時精算課税のほうが相続時に残る額が大きくなる場面がある。

なお、同じ年に2人以上の特定贈与者(相続時精算課税を選んだ相手の贈与者)から贈与を受けた場合、110万円はそれぞれの贈与額で按分する。贈与者ごとに110万円ずつ使えるわけではない。

相続時精算課税のメリットは、値上がりする財産を贈与時の価額で固定できること

相続時精算課税で贈与した財産は、相続のときに贈与時の価額で加算される。相続までに値上がりしても、加算されるのは贈与した時点の金額だ。

ここに、この制度の本当の使いどころがある。相続税の総額が軽くなるのは、贈与した財産が相続までに値上がりする場合だ。値上がりした分は、後継者の側で生まれた価値として、贈与者の相続財産から外れる。

メリットを整理すると、次のとおりだ。

  • 累計2,500万円まで贈与税がかからず、まとまった財産を早い段階で移せる
  • 超えた部分も一律20%で、暦年課税の累進税率(最高55%)より低い
  • 値上がりが見込まれる財産を、贈与時の価額で相続財産に固定できる
  • 年110万円の基礎控除分は、相続財産に加算されない

逆に言えば、相続時に足し戻される以上、値動きのない現金を大きく贈与しても、相続税の総額はほとんど変わらない。変わるのは、贈与税を先に納めるタイミングと、財産を早く渡せることだ。

相続時精算課税のデメリットは、一度選ぶと暦年課税に戻れないこと

デメリットの中で最も重いのは、選択の取り消しができない点だ。国税庁の説明では、一度選ぶと、その贈与者からの贈与は選んだ年以降すべてこの制度が適用され、暦年課税へ変更することはできない。

ほかにも、次の点を確認しておく必要がある。

  • 値下がりしても、贈与時の価額で加算される。株価や地価が下がると、実際より高い価額で相続税が計算される
  • この制度で贈与を受けた宅地には、相続税の小規模宅地等の特例が使えない
  • 選択の初年度は、翌年2月1日〜3月15日に「相続時精算課税選択届出書」の提出が必要になる
  • その贈与者からの暦年課税の110万円の基礎控除は使えなくなる
  • 相続時に加算するため、贈与の記録と申告書を長く保管しておく必要がある

特に自社株は、業績によって評価額が大きく動く。利益が落ちて株価が下がった場合でも、加算されるのは贈与時の高い価額のままだ。値上がりの見込みが外れたときの影響も、固定される。

土地・建物が災害で被害を受けたときは、加算額を再計算できる

値下がりしても贈与時の価額で加算される、という原則には、2024年から例外がひとつ設けられた。災害で被害を受けた土地・建物の特例だ。

相続時精算課税で贈与を受けた土地や建物が、贈与の日から相続税の申告期限までの間に、2024年1月1日以後の災害で一定の被害を受けた場合、加算する価額から被災価額を差し引くことができる。

「一定の被害」とは、被災価額(被害額から保険金などで補塡される額を引いた金額)が、土地の贈与時の価額、または建物の想定価額の10%以上となる被害をいう。贈与の日から災害の日まで、引き続き所有していることも条件だ。

適用を受けるには、原則として災害発生日から3年を経過する日までに、り災証明書などを添えて申請書を税務署長に提出し、承認を受ける必要がある。

ただし、この特例は災害による被害に限られる。地価や株価の下落、業績悪化による値下がりは対象外だ。値下がりのリスクそのものを消す制度ではない。

暦年課税と比べると、違いは「時間」と「財産の値動き」に出る

2つの制度を並べると、次のようになる(2026年9月時点)。

項目暦年課税相続時精算課税
贈与税の控除年110万円年110万円+累計2,500万円
税率10〜55%の累進一律20%
相続時の加算相続前の一定期間(3年→7年へ段階的に延長)の贈与を加算期間に関係なく加算(年110万円の基礎控除分は除く)
加算する価額贈与時の価額贈与時の価額(土地・建物の災害の特例あり)
変更精算課税を選べる暦年課税に戻れない

※国税庁タックスアンサーNo.4103・No.4161・No.4408、令和5年度改正のあらましをもとに作成。個別の適用は要件によって異なります。

暦年課税は、時間をかけるほど加算の外に出る贈与が増える制度だ。長く続けられるなら、相続財産そのものを減らせる。

相続時精算課税は、時間をかけても加算は消えない。その代わり、財産の価額を贈与時点で固定できる。効くかどうかを決めるのは、年数ではなく、贈与した財産のその後の値動きだ。

どちらを選ぶかは、贈与だけを見ても決まらない。社長の手取りを「お金の出口」で整理した記事で扱った役員退職金の時期や、退任・承継の予定と同じ時間軸に並べると、判断しやすくなる。

自社株との相性は、株価の見通しと承継の予定で決まる

自社株は、相続時精算課税と組み合わせて検討されることが多い財産だ。利益を積み上げている会社ほど株価の評価額は上がりやすく、「上がる前に移す」考え方と相性がよい。

一方で、確認すべき点もはっきりしている。

  • 今後数年、会社の利益と純資産は増える見込みか。横ばいや減少なら、固定するメリットは小さい
  • 役員退職金の支給などで、株価の評価額が一時的に下がる時期があるか
  • 株を受け取った後継者に、議決権を渡してよい時期か
  • ほかの相続人との公平をどう保つか。早く移した株は、遺産分割の話し合いにも影響する

また、非上場株式の贈与税の納税猶予(いわゆる事業承継税制)の適用を受ける場合には、推定相続人以外の後継者でも相続時精算課税を選べる特例がある。事業承継税制は要件と手続が多く、期限のある措置も含むため、使うかどうかは早めに顧問税理士と確認しておきたい。

自社株の贈与は、税金の制度選びであると同時に、経営権を誰に、いつ渡すかという判断でもある。制度の比較は、その判断の後にくる。

相続時精算課税を選ぶ前に確認したい5つのこと

  1. 贈与する財産は、この先値上がりする見込みか。現金か、自社株か、不動産か
  2. 贈与者の年齢と、暦年課税で何年続けられそうか
  3. その贈与者から、暦年課税に戻れなくなっても困らないか
  4. 贈与する土地に、将来小規模宅地等の特例を使う予定はないか
  5. ほかの相続人への配分と、遺言・保険の内容を合わせて見ているか

1で答えが「値上がりは見込めない」なら、少額を毎年移す目的で年110万円の基礎控除を使う、という使い方が中心になる。「見込める」なら、2,500万円の特別控除を使ってまとめて移す検討に進む。

よくある疑問

Q. 相続時精算課税は、110万円以下の贈与でも届出が必要ですか?

選択するためには、最初の贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに「相続時精算課税選択届出書」を提出する必要があります。その年の贈与が基礎控除110万円以下なら贈与税の申告は不要とされていますが、その場合も届出書は単独で提出します。

Q. 相続時精算課税を選べば、相続税は必ず安くなりますか?

そうとは限りません。贈与した財産は相続時に贈与時の価額で加算されるため、値上がりしない財産では相続税の総額はほとんど変わらず、値下がりした場合は不利になります。年110万円の基礎控除分が加算されない点を除けば、効果は財産の値動きに左右されます。

Q. 相続時精算課税と暦年贈与は併用できますか?

贈与者ごとに選ぶため、たとえば父からは相続時精算課税、母からは暦年課税、という使い分けはできます。一方、同じ贈与者からの贈与について、両方を併用することはできません。

「今いくら税金がかかるか」から「その財産がこの先どう動くか」へ

相続時精算課税は、贈与税を軽くする制度に見える。けれど実際には、相続の時に足し戻して精算する制度で、一度選ぶと戻れない。

効果を分けるのは、今の贈与税の額ではない。贈与した財産が、相続までにどう値動きするかだ。

いま移そうとしている財産は、10年後に上がっているだろうか、下がっているだろうか。その見通しを、事業の計画と承継の予定から説明できるなら、制度の選び方は自然に決まってくる。