退任まであと数年。そろそろ自分の退職金をいくらにするか、考え始める時期だ。

調べると、決まって出てくる式がある。「最終報酬月額×役員勤続年数×功績倍率」。いわゆる功績倍率法だ。

式は単純なので、数字を入れれば金額は出る。ただ、その金額がそのまま会社の損金になるとは限らない。法人税法は、役員退職金のうち「不相当に高額な部分」を損金に入れないと定めているからだ。

そして法令には、何倍までなら大丈夫という数字は書かれていない。書かれているのは、判断に使う要素だけだ。

この記事の結論を先に示す。役員退職金の金額は、式の答えで決まるのではない。最終報酬月額・勤続年数・倍率・退職の実態の4つを、それぞれ説明できるかどうかで、損金にできる金額と受け取る側の税金が決まる。

以下では、功績倍率法の考え方、「不相当に高額」の判断要素、受け取る側の退職所得の計算、分掌変更で支給するときの注意点を順に整理する。

この記事が役に立つ方

  • 数年以内に退任や代表交代を考えていて、退職金の目安額を知りたい
  • 功績倍率法の式は知っているが、倍率をいくつにすればよいか分からない
  • 会長に退いて退職金を受け取る「分掌変更」を検討している

役員退職金の計算は「最終報酬月額×勤続年数×功績倍率」が基本の形

中小企業の役員退職金は、次の式で計算されることが多い。

最終報酬月額 × 役員としての勤続年数 × 功績倍率 = 役員退職金の額

国税庁の法人税基本通達(9-2-27の3)は、この方法を「功績倍率法」と呼び、退職直前の給与の額を基礎に、業務に従事した期間と職責に応じた倍率を掛ける方法と説明している。この方法で支給する退職金は、業績連動給与には当たらないとされている。

式の3つの要素は、それぞれ意味が違う。

  • 最終報酬月額:退職直前の役員報酬の月額。その役員の会社への貢献度を表す指標として使われる
  • 勤続年数:役員として会社の業務に従事した期間
  • 功績倍率:役職や職責の重さを反映する係数。社長・専務・取締役など地位によって変えるのが一般的

注意したいのは、この式が法律で定められた計算方法ではないことだ。あくまで、相当な金額を説明するための「根拠の組み立て方」のひとつにすぎない。

「何倍まで大丈夫」という公式の数字は存在しない

法人税法34条2項は、役員に支給する給与のうち不相当に高額な部分の金額を損金に算入しないと定める。退職金について、その判断要素を示しているのが法人税法施行令70条2号だ。挙げられている要素は次の3つである。

  • その役員が法人の業務に従事した期間
  • その退職の事情
  • 同種の事業を営む法人で、事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況

ここに具体的な倍率は出てこない。「社長なら3倍までは認められる」といった話は、法令や通達に書かれた基準ではない。裁判例などで争われた数字が、目安として語られているにすぎない。

判断の軸になるのは3つ目の「同業・同規模の他社との比較」だ。業種も規模も違う会社の倍率を持ってきても、比較の材料にはなりにくい。倍率を決めるときは、自社の業種・規模で、その倍率がどう説明できるかを顧問税理士と確認しておきたい。

最終報酬月額は、退職の直前だけ動かすと根拠が弱くなる

式のなかで、金額への影響が最も大きいのが最終報酬月額だ。ここには2つの方向の落とし穴がある。

1つ目は、退職の直前に報酬を大きく引き上げるケースだ。最終報酬月額を上げれば、式の答えは大きくなる。しかし、職務の内容が変わらないまま直前だけ報酬が上がっていれば、その月額が貢献度を表していると説明するのは難しい。

2つ目は逆に、長年報酬を低く抑えてきたケースだ。社会保険料や所得税を抑えるために報酬を低くしてきた社長は、式に入れる最終報酬月額も低くなる。その結果、功績倍率法で計算した退職金は思ったより小さくなる。

このため、最終報酬月額が実態を表していない場合には、ほかの方法で相当額を検討することもある。どの方法を使うにしても、役員報酬の決め方は、退職金の計算の土台になっている。報酬は毎年の手取りだけでなく、退職時の根拠としても見ておく必要がある。

受け取る側の税金は「退職所得」。勤続5年以下の役員は2分の1にならない

会社側の損金とは別に、受け取る社長の側では退職所得として課税される。計算式は次のとおりだ。

(退職金 − 退職所得控除額)× 2分の1 = 退職所得の金額

退職所得控除額は、勤続20年以下なら1年につき40万円(最低80万円)、20年を超える部分は1年につき70万円。退職所得はほかの所得と分けて課税される(分離課税)。

ただし、役員には大きな例外がある。役員等としての勤続年数が5年以下の人が受け取る退職金(特定役員退職手当等)は、2分の1の計算が適用されない。勤続年数は1年未満の端数を1年に切り上げて数える。

仮に、同じ1,500万円の退職金を受け取る場合を比べる。条件は次のとおり単純化する。

  • 役員としての勤続年数だけで計算し、使用人としての期間はないものとする
  • 住民税は退職所得の10%とし、復興特別所得税は含めない
  • 障害者になったことによる退職など、控除の加算はないものとする
役員勤続年数退職所得控除額課税される退職所得所得税+住民税(概算)
5年(2分の1なし)200万円1,300万円約405万円
6年(2分の1あり)240万円630万円約146万円

※仮の条件による単純計算です。実際の税額は、ほかの退職金の有無や勤続期間の数え方によって異なります。

勤続年数が1年違うだけで、税金の概算は約405万円と約146万円、2.5倍以上の差になる。就任から間もない役員に退職金を出す場合や、退任の時期を決める場合は、役員等勤続年数が何年になるかを最初に確認しておきたい。

功績倍率を変えると、会社の損金と個人の税金が同時に動く

次に、倍率を変えたときに受け取る側の税金がどう変わるかを見る。仮の条件は次のとおり。

  • 最終報酬月額100万円、役員勤続年数20年(退職所得控除800万円)
  • 功績倍率を1.5倍・2倍・3倍の3通りで計算する。倍率はあくまで計算上の仮置きで、認められる水準を示すものではない
  • 住民税は退職所得の10%とし、復興特別所得税は含めない
功績倍率(仮)退職金課税される退職所得所得税+住民税(概算)手取り(概算)
1.5倍3,000万円1,100万円約319万円約2,681万円
2倍4,000万円1,600万円約534万円約3,466万円
3倍6,000万円2,600万円約1,020万円約4,980万円

※仮の条件による単純計算です。倍率の妥当性は、業種・規模・退職の事情などを踏まえて個別に判断されます。

退職所得は2分の1になるため、同じ額を役員報酬として受け取るより税負担は軽くなりやすい。一方で、倍率を上げた部分が「不相当に高額」と判断されれば、その部分は会社の損金にならず、個人の側では退職所得として課税される。会社と個人の両方で負担が出る形になる。

倍率を決めるときは、手取りの表だけでなく、否認された場合に会社側で増える税額も並べて比べたい。

会長に退く「分掌変更」の退職金は、実質的な退職が条件になる

社長を退いて会長や非常勤取締役として会社に残り、そのタイミングで退職金を受け取る。いわゆる分掌変更による退職金の支給だ。

法人税基本通達9-2-32は、分掌変更などで役員としての地位や職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にある場合に、退職給与として扱えるとしている。例として挙げられているのは次の3つだ。

  • 常勤役員が非常勤役員になったこと(代表権を持つ人や、実質的に経営上主要な地位を占める人は除く)
  • 取締役が監査役になったこと(実質的に経営上主要な地位を占める人などは除く)
  • 分掌変更後の給与がおおむね50%以上減少したこと(経営上主要な地位を占める人は除く)

どの例にも、「経営上主要な地位を占めている人は除く」という条件が付いている。報酬を半分にして肩書きを会長に変えても、重要な経営判断を引き続き自分で行い、取引先との交渉にも出ているなら、実質的に退職したとは言いにくい。

また、この通達でいう退職給与には、原則として未払金に計上しただけのものは含まれないとされている。資金繰りの都合で分割払いにする場合は、どう扱われるかを事前に確認しておきたい。

損金に入れる時期は、原則として株主総会で金額が確定した事業年度

役員退職金をどの事業年度の損金にするかにも、ルールがある。国税庁の案内(タックスアンサーNo.5208)によると、原則は株主総会の決議などで退職金の額が具体的に確定した日の属する事業年度だ。

ただし、実際に支払った事業年度に損金経理をした場合は、支払った事業年度の損金にすることも認められる。一方、取締役会で内定した金額を、確定前の事業年度に未払金として計上しても、その時点では損金にならない。

退職金の年は、会社が大きな赤字になりやすい年でもある。法人保険の解約返戻金などの戻りをこの年に合わせる設計がよく語られるが、繰延型の商品の出口と組み合わせるなら、退職金を損金にする年と、戻りを益金にする年が本当に同じになるかを、決算期の単位で確認しておく必要がある。

退職金の金額を決める前に確認したい5つの項目

退職金の目安を考えるとき、次の項目を書き出しておくと、顧問税理士との相談が具体的になる。

  1. 役員としての勤続年数は何年か。5年以下かどうか。使用人期間があれば、その期間の扱いも確認する
  2. 最終報酬月額は、職務の実態に見合っているか。直前に大きく動かしていないか
  3. 功績倍率の根拠を説明できるか。同業・同規模の会社との比較材料があるか
  4. 退職の実態はどうなるか。完全に退くのか、会長などで残るのか。残る場合の職務と報酬
  5. 支給の年と資金の手当て。株主総会の時期、支払原資、同じ年に受け取るほかの退職金の有無

5つ目に関連して、同じ年に小規模企業共済の一時金など、ほかの退職手当等を受け取る場合は、退職所得控除の計算で勤続期間の重複が調整される。受け取る年の組み合わせも、金額と同じくらい手取りに影響する。

よくある疑問

Q. 役員退職金の功績倍率は、社長なら何倍が相場ですか?

法令や通達に「何倍まで」という基準はありません。施行令が示しているのは、業務に従事した期間、退職の事情、同種・同規模の法人の支給状況といった判断要素です。倍率は、自社の業種・規模と職責に照らして説明できる水準を、顧問税理士と確認して決めることになります。

Q. 役員退職金の計算で、最終報酬月額が低い場合はどうなりますか?

功績倍率法では最終報酬月額が基礎になるため、報酬を低く抑えてきた社長は計算結果も小さくなります。最終報酬月額が実態を反映していない事情がある場合の考え方は個別の判断になるため、退任の数年前から報酬の水準と退職金の見込みを合わせて検討しておくと選択肢が広がります。

Q. 役員退職金を分割で支払うことはできますか?

支払い方そのものを会社で決めることはできますが、損金算入の時期や、分掌変更の場合に未払金計上分がどう扱われるかなど、確認すべき点が増えます。資金繰りの都合で分割にする場合は、支給決議の内容と経理処理を事前に顧問税理士と確認してください。

「いくらにするか」から「何で説明するか」へ

役員退職金は、式に数字を入れれば金額が出る。しかし、その金額が会社の損金になり、社長の手取りとして残るかどうかは、式の答えでは決まらない。

決めるのは、最終報酬月額・勤続年数・倍率・退職の実態を、それぞれ何で説明できるかだ。そしてその材料の多くは、退任の直前ではなく、何年も前の報酬の決め方や役割の分担のなかで積み上がっていく。

いま退職金を受け取るとしたら、その金額の根拠を、税務署に対して一つずつ説明できるだろうか。説明に詰まる項目があるなら、そこが今から準備を始める場所になる。