海外に住みながら日本の会社の役員を続けてきた社長が、退任を決める。長年の勤務に対して、会社は役員退職金を支払う予定だ。

ここで経理担当者が気づくのが、受け取る人が非居住者だと、退職金から20.42%が源泉徴収されるという点だ。日本に住む人の退職金には、退職所得控除と2分の1の計算がある。それがないまま、支払額の2割強が差し引かれる。

ただし、これで話は終わらない。所得税法には「退職所得の選択課税」という仕組みがあり、非居住者でも、居住者として受け取った場合と同じ方法で税額を計算し直し、差額の還付を受けられる場合がある。

この記事では、2026年9月時点の国税庁の説明と所得税法の条文をもとに、非居住者の役員退職金が日本で課税される範囲、源泉徴収、選択課税の手続、租税条約と住んでいる国での課税を整理する。見るべきは、差し引かれた20.42%ではなく、精算した後の税額と、住んでいる国での扱いだ。

この記事が役に立つ方

  • 海外に住む役員(社長本人や家族役員)に、退職金を支払う予定がある
  • 退任後に海外へ移ることを考えていて、退職金の課税がどう変わるか知りたい
  • 非居住者の退職金に20.42%の源泉徴収がかかると聞き、精算の方法を確認したい

海外に住む役員の退職金も、日本で課税される

非居住者は、日本国内で生じた「国内源泉所得」についてだけ日本で課税される。国税庁は、国内源泉所得の一つとして、退職手当等のうち居住者だった期間に行った勤務などに基因するものを挙げている。

役員の場合は、この範囲がさらに広い。所得税法は、内国法人の役員として非居住者だった期間に行った勤務も、国内源泉所得になる勤務に含めている。日本の会社の役員として海外から経営に関わっていた期間の分も、日本で課税される退職金になるということだ。

例外として、所得税法施行令は、役員としての勤務を行う人が同時にその会社の使用人として常時勤務する場合(海外支店長など)の役員としての勤務を除いている。海外から日本の会社の社長を続けてきた形は、通常この例外には当たらない。役員報酬の扱いは非居住者の役員報酬の記事で整理しているが、退職金も同じ考え方でつながっている。

国内源泉所得になる部分は、勤務の期間と立場で決まる

整理すると、退職金のうち日本で課税される部分は次のようになる。

勤務した期間勤務の立場国内源泉所得になるか
居住者だった期間役員・使用人を問わないなる
非居住者だった期間内国法人の役員(使用人として常時勤務する場合を除く)なる
非居住者だった期間使用人として国外で勤務原則ならない

※2026年9月時点。所得税法第161条第1項第12号ハ、所得税法施行令第285条、国税庁タックスアンサーNo.2878をもとに整理。租税条約により異なる扱いとなる場合があります。

国税庁の記載例では、使用人として海外で働いた期間がある人の退職金について、総額を居住者期間の日数で按分して国内源泉所得の額を出している。退職金1,000万円、勤続3,650日のうち居住者期間が2,555日なら、国内源泉所得は700万円という計算だ。

一方、全期間を日本の会社の役員として勤めてきた社長は、海外に住んでいた期間も含めて、退職金の全額が国内源泉所得になることが多い。

源泉徴収は20.42%で、原則それで課税が完結する

国税庁によれば、非居住者が国内源泉所得に当たる退職手当等を受け取る場合、その金額の20.42%が源泉徴収され、原則としてこの源泉徴収で課税関係が完結する(源泉分離課税)。20.42%は、所得税20%と復興特別所得税0.42%の合計だ。

2027年分以後は、源泉徴収の内訳が所得税・防衛特別所得税・復興特別所得税に変わる。国税庁は、合計税率は所得税率×102.1%で、所得税率20%なら合計20.42%のままとしている。

会社の側では、次の点を押さえておく。

  • 源泉徴収は、実際に支払う時に行う
  • 徴収した税は、原則として翌月10日までに納付する
  • 国外の口座に支払う場合でも、会社が日本に本店などを持つ限り、国内で支払ったものとみなして源泉徴収する。この場合の納付期限は翌月末日

居住者の退職金なら、「退職所得の受給に関する申告書」を出していれば、支払者が退職所得控除や2分の1の計算を反映して源泉徴収し、原則として確定申告は要らない。非居住者の20.42%は、この計算を経ない一律の税率である点が大きく違う。

退職所得の選択課税を使うと、居住者と同じ計算で精算できる

所得税法第171条は、非居住者が国内源泉所得に当たる退職手当等を受け取る場合、その年中に受ける退職手当等の総額を居住者として受けたものとみなして計算した税額で課税されることを選べると定めている。これが退職所得の選択課税だ。

居住者として計算する場合の退職所得は、次の式で求める。

(退職金の額 − 退職所得控除額)× 1/2 = 退職所得の金額

退職所得控除額は、勤続20年以下なら40万円×勤続年数(80万円未満は80万円)、20年超なら800万円+70万円×(勤続年数−20年)だ。ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の人の退職金(特定役員退職手当等)には、2分の1の計算がない。

仮の数字で、源泉徴収の額と選択課税の税額を比べる。条件は次のとおり単純化する。

  • 仮に、勤続30年の全期間を日本の会社の役員として勤め、退職金1億円を受け取るとする
  • 受け取る時点で非居住者で、退職金の全額が国内源泉所得に当たるとする
  • 同じ年に他の退職金はなく、租税条約による軽減・免除は受けないとする
  • 住民税、住んでいる国の税、退職金の損金算入の可否は考えない
項目源泉徴収のみ選択課税を申告
退職所得控除なし1,500万円
課税の対象になる金額1億円4,250万円
所得税+復興特別所得税2,042万円約1,463万円
源泉徴収額との差―約579万円の還付

※仮の条件による単純計算です。所得税額は退職所得4,250万円×45%−479.6万円=1,432.9万円、これに2.1%の復興特別所得税を加えています。実際の税額は勤続年数、支給額、同じ年の他の退職金、特定役員退職手当等への該当などにより異なります。

この条件では、源泉徴収された2,042万円のうち、約579万円が選択課税の申告で戻る計算になる。退職金の額が大きく、勤続年数が長いほど、差は開きやすい。

逆に、役員としての勤続が5年以下で2分の1の計算がない場合や、退職金の額が非常に大きく最高税率の部分が多い場合は、差が小さくなることもある。選択課税は有利になる場合に使う「選択」であり、申告しなければ20.42%で完結したままになる。

選択課税は翌年1月1日以後に申告し、納税管理人を通じて還付を受ける

源泉徴収を受けた人が選択課税で還付を受けるには、退職金を受けた年の翌年1月1日(その前に同じ年の退職手当等の総額が確定した場合は、その確定した日)以後に、「退職所得の選択課税の申告書」を納税地の所轄税務署に提出する。

国税庁の記載例では、確定申告書の様式を使い、表題に「退職所得の選択課税」と書いて提出する形が示されている。申告書に記載する退職手当等の総額は、国内源泉所得の部分だけでなく、その退職を理由にその年に受ける退職手当等の総額とされている点に注意したい。

非居住者が日本で申告や還付の受け取りをするには、納税管理人を定めて税務署に届け出る。国税庁は、非居住者が確定申告書の提出や還付金の受け取りなどをする必要があるときは、納税管理人を定める必要があるとしている。納税管理人は個人でも法人でもよい。

源泉徴収された税が、会社からまだ納付されていない場合は、その部分の還付は納付があるまで行われない。会社が期限どおりに納付しているかも、受け取る側の確認事項になる。

居住者か非居住者かで、退職金の課税方法そのものが変わる

退任の前後に国をまたいで住所を移す場合は、退職金を受け取る時点で居住者か非居住者かによって課税の方法が変わる。

国税庁は、退職手当等がいつの年分の所得になるかは収入すべきことが確定した日で判定するとし、役員の退職金で株主総会などの決議を要するものは、退職後にその決議があった日(支給額が具体的に定められていない場合は、定められた日)としている。

また、国税庁の質疑応答事例は、土地の譲渡対価や給与について、支払うべき日に居住者か非居住者かで源泉徴収の扱いを判定するとしている。退任の日、株主総会の日、支払日、出国日の前後関係は、退職金の課税に直接関わる事実だ。

住所の判定そのものは、生活の本拠がどこにあるかを、住居・職業・家族・資産などの客観的事実から総合的に判断する。海外にいる日数だけで決まるものではない。退職金の額が会社の損金として認められるかは、受け取る人の住所とは別に、会社の側で確認が必要になる。

租税条約と住んでいる国の課税は、国ごとに確認する

非居住者の国内源泉所得について租税条約に異なる定めがあれば、条約が優先する。条約で源泉徴収の軽減・免除を受けるには、最初の支払を受ける日の前日までに「租税条約に関する届出書」を支払者を通じて税務署に出す必要がある。出していなければ、支払の際は国内法の税率で源泉徴収され、後日の還付請求で精算することになる。

退職金が条約のどの条項で扱われるか(給与、役員報酬、その他の所得など)は、条約ごとに異なる。住んでいる国と日本との条約を、条文単位で確認する必要がある。

さらに、住んでいる国でも、日本の会社から受ける退職金に課税される場合がある。二重課税がどう調整されるかは、住んでいる国の制度しだいで、日本の公式資料では確認できない。日本で選択課税を申告すると日本の税額が変わるため、その結果が現地の税額控除などにどう影響するかも、現地の専門家に確認しておきたい。

海外に住んだまま退職金を受け取るのが向かない人/注意が必要なケース

次のような場合は、退任や移住の時期を決める前に、退職金の課税を一度整理しておくほうがよい。

  • 役員としての勤続が5年以下:特定役員退職手当等に当たり、選択課税でも2分の1の計算がない
  • 日本での申告や還付の手続を担う人がいない:選択課税には納税管理人の届出と申告が要る
  • 住んでいる国の税制を確認していない:日本と現地の両方で課税され、調整が不十分になるおそれがある
  • 退任・株主総会・支払・出国の日程が決まっていない:居住者か非居住者かの判定が変わりうる
  • 退職金の額や支給の根拠が固まっていない:会社の損金算入の論点が残る

退職金は、社長が会社から受け取るお金の中でも金額が大きく、個人の手取りを考えるうえでの大きな出口になる。住む場所によってその出口の手続が変わることを、退任の計画に入れておく必要がある。

よくある疑問

Q. 非居住者の退職金は、20.42%の源泉徴収で終わりですか?

原則としては源泉徴収で課税関係が完結します。ただし、退職所得の選択課税を選ぶと、その年の退職手当等の総額を居住者として受けたものとして計算した税額で課税され、源泉徴収された額との差額の還付を受けられる場合があります。申告は翌年1月1日(総額がそれより前に確定した場合はその日)以後に行います。

Q. 退職所得の選択課税の申告はいつまでにすればよいですか?

所得税法は、翌年1月1日(またはその前に総額が確定した日)以後に申告書を提出できると定めています。提出できる期間の終わりについては、個別に税務署や税理士に確認してください。非居住者が申告する場合は、納税管理人の届出が必要です。

Q. 海外に住む家族役員に退職金を払う場合も同じ扱いですか?

日本の会社の役員として勤務していた家族が非居住者であれば、同じ考え方で国内源泉所得の範囲と源泉徴収を判定します。役員としての勤続年数が5年以下の場合は特定役員退職手当等に当たり、居住者として計算しても2分の1の計算がない点に注意が必要です。

見るべきは源泉徴収の額ではなく、精算後の税額と住む国での扱い

非居住者の役員退職金は、受け取る時点で20.42%が差し引かれる。ただしそれは、居住者と同じ計算に置き換えるかどうかを選ぶ前の数字だ。選択課税の申告をするかどうかで、日本で最終的に負担する税額は変わりうる。

そして、日本の手続だけでは話は閉じない。住んでいる国での課税と、租税条約の扱いが重なる。

退任の日、株主総会の日、支払日、そして自分がどこに住んでいるか。この4つを並べて書き出せば、退職金にかかる税金を誰に何を確認すべきかが見えてくる。