創業期の運転資金、赤字の年の穴埋め、役員報酬の未払い。理由はさまざまだが、社長が会社にお金を入れたまま、何年も返してもらっていない会社は多い。
決算書では、負債の部に「役員借入金」として載っている。身内の会社への貸しなので、返済を急ぐ理由もない。
ところが相続になると、このお金は性格を変える。会社から見た役員借入金は、社長から見れば会社に対する貸付金債権であり、相続財産として原則額面で評価される。
会社に返すお金がなくても、評価は下がりにくい。家族は、現金で受け取っていない財産に相続税を払うことになる。これが「役員借入金の相続税が払えない」と言われる構造だ。
この記事では、役員借入金が相続でどう評価されるかを確認したうえで、返済・債権放棄・DES(債務の株式化)・生前贈与の4つの対策と、それぞれにかかる税金を整理する。見るべきは「いくら貸しているか」ではない。相続のときに、その債権を現金に替えられるかだ。
この記事が役に立つ方
- 決算書に役員借入金が何年も残ったままになっている
- 会社に返済余力がなく、債権放棄やDESを勧められている
- 自分の相続で、家族が相続税を払えるか不安がある
社長が会社に貸したお金は、相続では貸付金債権として額面で評価される
財産評価基本通達204は、貸付金・売掛金・未収入金などの「貸付金債権等」を、次の合計額で評価すると定めている。
元本の価額(返済されるべき金額)+ 利息の価額(課税時期現在の既経過利息として支払を受けるべき金額)
社長が会社に1億円を貸していれば、相続財産としての評価は原則1億円だ。利息の定めがなければ、元本だけになる。
自社株の評価額は、会社の利益や資産の状況によって額面より低く出ることがある。一方、貸付金債権には、評価を下げる計算の仕組みがほとんどない。
しかも、相続税の申告のとき、会社の決算書には役員借入金として残高が載っている。金額は決算書で確認されるため、見落とされることは考えにくい。自社株と合わせた相続税の全体像は自社株の相続税が払えない問題で整理している。
回収不能として評価から外せるのは、法的整理などの場合に限られる
通達205は、債権の全部または一部が回収不可能または著しく困難であると見込まれるときは、その部分を元本の価額に算入しないと定めている。例として挙げられているのは次のような場合だ。
- 債務者が手形交換所等で取引停止処分を受けたとき
- 会社更生手続・民事再生手続の開始決定、特別清算の開始命令、破産手続の開始決定があったとき
- 業況不振などのため事業を廃止し、または6か月以上休業しているとき
- 更生計画・再生計画の認可や債権者集会の協議などにより、債権の切捨て・棚上げ・年賦償還等が決まったとき(据置期間が5年を超える部分など)
列挙されているのは、法的な手続きや事業の停止といった、外から見て回収できないことがはっきりしている事実だ。会社が赤字である、債務超過である、というだけでは、額面から減額できるとは限らない。
会社が営業を続けている限り、「本当は返せない貸付金」も、評価の上では額面に近い金額で扱われると考えておいたほうがよい。
役員借入金の相続税が払えなくなるのは、課税されるのに現金にならないから
仮の数字で、相続のときに何が起きるかを確かめる。条件は次のとおり単純化する。
- 社長の財産は、会社への貸付金1億円、自社株2億円(評価額)、預金3,000万円とする
- 相続人は子2人で、法定相続分どおりに分けるとする
- 基礎控除は3,000万円+600万円×2人=4,200万円。税率は国税庁の相続税の速算表による
- 生前贈与の加算、生命保険金、債務・葬式費用、税額控除、事業承継税制は考えない
| ケース | 課税価格 | 相続税の総額 | 相続時の現金 |
|---|---|---|---|
| A 貸付金1億円をそのまま相続 | 3.3億円 | 8,120万円 | 3,000万円 |
| B 生前に1億円の返済を受け、預金のまま相続 | 3.3億円 | 8,120万円 | 1.3億円 |
※仮の条件による単純計算です。相続税の総額は、課税遺産総額2億8,800万円を2人で分けた1億4,400万円×40%−1,700万円=4,060万円の2人分です。実際の税額は財産構成・分け方・特例の適用で変わります。
Aでは、相続税8,120万円に対して、相続人が自由に使える現金は3,000万円しかない。残りを払うには、会社に貸付金の返済を求めるか、自社株を会社に買い取ってもらうか、延納を申請するかになる。
ところが、会社に1億円を返す資金があるなら、そもそも役員借入金は残っていないことが多い。返せないから残っている債権に、額面で課税される。ここに問題の核心がある。
Bを見ると、税額は変わらない。返済を受けても、貸付金が預金に替わるだけで財産の額は同じだ。それでも、納税に使える現金があるかどうかで、相続人の状況はまったく違う。
なお、相続税の延納は、金銭で一括納付することが困難な事由があり、原則として担保を提供することなどが要件になる。延納は「払わなくてよい」制度ではなく、利子税もかかる。
返済してもらう方法は、税金はかからないが財産は減らない
役員借入金の元本を会社から返してもらっても、社長個人に所得税はかからない。貸したお金が戻ってくるだけだからだ。会社側も、借入金の返済は費用にならない。
返済のメリットは、上のBのとおり、換金しにくい債権を、納税に使える現金に替えておけることだ。一度に返せなくても、毎年一定額を返してもらう計画を立てれば、残高は少しずつ減る。
ただし、返済を受けた現金が預金のまま残れば、相続財産の額は変わらない。財産そのものを減らすには、返済を受けた現金を生前贈与などで移す必要がある。
返済の原資は会社の利益だ。利益が出ている年に、役員報酬を上げずに返済に回すという考え方もある。役員報酬として受け取れば所得税と社会保険料がかかるが、借入金の返済なら課税されない。社長の手取りを増やす方法で整理した出口の一つとして、返済を位置づけることができる。
債権放棄は、会社に債務免除益が出て、株価が上がることがある
社長が貸付金を放棄すれば、社長の財産から債権は消える。相続財産を直接減らせる方法だが、税金は会社側と株主側に移る。
会社側:債務免除益が益金になる
会社は返すべき借入金がなくなるので、その額が債務免除益として益金になる。繰越欠損金があれば相殺できるが、足りなければ法人税がかかる。1億円を一度に放棄すると、その年の法人税が大きく増えることがある。繰越欠損金の使い方は繰越欠損金の期限は何年かを参照してほしい。
株価:負債が消えた分、純資産が増える
借入金が消えると、会社の純資産は増える。純資産価額方式では、その分だけ株価が上がる。放棄した債権は社長の財産から消えても、株価の上昇という形で一部が相続財産に戻ってくることがある。
他の株主:みなし贈与の論点
相続税法基本通達9-2は、同族会社に対して対価を受けないで債務の免除をした結果、株式の価額が増加したときは、他の株主が、増加した部分を免除した人から贈与を受けたものとして扱うとしている。後継者や家族が株式を持っている会社では、社長の債権放棄が家族への贈与とみなされることがある。
ただし、会社が資力を喪失した場合(法的整理や、再建のための負債整理に入った場合など)に行う債務免除は、債務超過額に相当する部分について贈与として扱わないとされている。単に一時的に債務超過になっているだけの場合は、これに当たらない。
DES(債務の株式化)は、債権を株式に替えて評価方法を変える
DES(デット・エクイティ・スワップ)は、社長が会社に持つ貸付金を現物出資し、その代わりに株式を受け取る方法だ。社長の財産は「貸付金債権」から「自社株」に替わる。
狙いは、額面で評価される債権を、財産評価基本通達の方法で評価される株式に替えることにある。株式の評価額が出資した債権の額面より低くなれば、社長の相続財産は減る。ただ、低くなるとは限らない。純資産価額方式の比重が大きい会社では、負債が資本に替わった分だけ会社の純資産が増えるため、受け取った株式の評価額が債権の額面とあまり変わらないこともある。
会社側の税金にも注意がいる。国税庁が公表している研究会報告書では、DESを行った債務者の資本金等の額は、適格現物出資の場合を除き、受け入れた債権の時価で計算するとされている。債権の額面と時価の差額は、債務消滅益として益金になる。債務超過の会社で回収可能性の低い債権をDESすると、額面と時価の差が大きくなり、会社に課税が生じることがある。
このほか、募集株式の発行・登記といった会社法の手続き、資本金等の額が増えることによる住民税均等割などへの影響、社長側の課税関係も確認が必要だ。
生前贈与で後継者に移す方法は、7年加算と贈与税を見て計画する
貸付金債権そのものを、後継者や家族に贈与する方法もある。贈与税の評価も原則額面なので、1億円の債権を一度に贈与すれば、それだけ贈与税が大きくなる。そこで、少しずつ移す形が検討される。
- 暦年課税:1年間の贈与額から基礎控除110万円を差し引いた額に課税。2024年1月1日以後の贈与は、相続開始前7年以内のものが相続財産に加算される(延長された4年分は総額100万円まで加算しない。段階的に適用)
- 相続時精算課税:原則60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与で選択でき、年110万円の基礎控除と累計2,500万円の特別控除がある。相続時には、基礎控除を差し引いた贈与時の価額が相続財産に加算される
債権を贈与しても、会社が返済できない状態は変わらない。受け取った家族も、額面で評価される債権を持つことになる。贈与は財産の持ち主を替える方法であり、換金しにくさまで解消するわけではない。贈与の加算ルールは生前贈与の7年ルールはいつから?で詳しく整理している。
対策を選ぶ前に確認したい5つの数字
- 役員借入金の残高と、いつ・何のために生まれたか。未払報酬や立替金が混じっていないか
- 会社の返済余力。毎年いくらなら、本業の資金を圧迫せずに返せるか
- 繰越欠損金の残高と期限。債権放棄やDESをした場合に、益金と相殺できる額はいくらか
- 自社株の評価と株主構成。放棄やDESで株価がどれだけ動き、誰に影響するか
- 相続税の概算と、相続人が使える現金。上の表のAにあたる数字を出してみたか
対策は一つに絞る必要はない。返済で現金化し、繰越欠損金の範囲で一部を放棄し、残りを計画的に贈与する、といった組み合わせも考えられる。どの組み合わせが合うかは、この5つの数字で変わる。
逆に、役員借入金が生まれる原因、たとえば社長個人のお金で会社の赤字を埋める習慣が続いていれば、残高はまた増える。反対方向の役員貸付金と同じく、会社と個人のお金の流れを分けておくことが出発点になる。
よくある疑問
Q. 役員借入金は、会社が返せない状態なら相続税の対象外になりますか?
対象外になるとは限りません。財産評価基本通達205で元本から除けるのは、法的整理の開始や6か月以上の休業など、回収が不可能または著しく困難と見込まれる場合です。営業を続けている会社への貸付金は、赤字や債務超過でも額面に近い金額で評価されることが多いと考えておくべきです。
Q. 相続が起きた後に、相続人が債権放棄をすれば相続税は減りますか?
相続税は亡くなった日の財産で計算するため、相続後に債権を放棄しても、相続税の課税価格は原則として変わりません。放棄した時点で、会社側の債務免除益や他の株主へのみなし贈与の論点も新たに生じます。対策は生前に検討する必要があります。
Q. 役員借入金の相続対策では、債権放棄とDESのどちらがよいですか?
一概には言えません。債権放棄は会社に債務免除益が出て、株価も上がることがあります。DESは会社の資本が増え、株式として評価されますが、評価額が下がるかどうかは会社の評価方式や財務状況によります。繰越欠損金の額と株主構成を確認したうえで、顧問税理士と試算して比べてください。
「いくら貸しているか」ではなく「相続のとき現金にできるか」
役員借入金は、会社にとっては返済を急がなくてよい負債かもしれない。しかし社長の相続では、額面で課税されるのに、すぐには現金にならない財産になる。
返済・債権放棄・DES・生前贈与には、それぞれ別の税金がかかる。どれか一つで解決する方法はなく、会社の返済余力、繰越欠損金、株価、家族の手元資金を並べて組み合わせを決めることになる。
決算書の役員借入金の欄を、今期いくらと書いているだろうか。その金額が相続税の申告書に載ったとき、家族はどこから税金を払うことになるか。そこから考えはじめたい。