子どもが海外の大学を出て、そのまま現地で働いている。社長自身も、引退後は海外で暮らすことを考えている。そうした家族で、相続の話になると出てくるのが「海外に10年住めば相続税がかからない」という言い方だ。
この言い方は、制度の一部だけを切り取っている。日本の相続税では、海外に住んでいても日本にある財産は課税の対象になる。そのうえで、海外にある財産まで課税されるかどうかは、亡くなった人と財産を受け取る人の両方の状況で決まる。
判定に使うのは、相続が起きた時の住所、相続開始前10年以内に日本に住所があったか、日本国籍があるか、の3つだ。親だけ、子だけが条件を満たしても、課税の範囲は狭まらない。
この記事では、2026年9月時点の国税庁の説明と相続税法の条文をもとに、納税義務者の区分、2021年度改正で変わった外国人の扱い、財産の所在の決まり方、国外転出時課税との関係を整理する。見るべきは自分がどこに住むかではなく、家族それぞれの住所の履歴と、財産がどこにあるとされるかだ。
この記事が役に立つ方
- 子どもや孫が海外に住んでいて、将来の相続の手続がどうなるか知りたい
- 引退後の海外移住を考えていて、相続税の扱いを正確に押さえておきたい
- 「10年ルール」という言葉を聞いたが、誰の何が10年なのかが分からない
海外に住んでも、相続税の納税義務はなくならない
国税庁は、相続などで財産を取得した時に外国に住んでいて日本に住所がない人について、取得した財産のうち日本国内にある財産は相続税の課税対象になると説明している。海外に住むことで変わりうるのは、日本国外にある財産まで課税されるかどうか、という範囲の部分だけだ。
ここでいう「住所」は、相続税法上、各人の生活の本拠をいい、生活の本拠かどうかは客観的事実によって判定するとされている。住民票を移したかどうかや、海外にいる日数だけで決まるものではない。
国税庁の通達は、日本国籍を持つ人などについて、留学中で国内にいる人の扶養親族になっている場合や、国外での勤務がおおむね1年以内と見込まれる場合は、住所が日本にあるものとして扱うとしている。国外出張など一時的に日本を離れているだけの人も、住所は日本にあることになる。
課税範囲は「財産を受け取る人」と「亡くなった人」の両方で決まる
相続税の納税義務者は、大きく2つに分かれる。国内財産と国外財産の両方に課税される「無制限納税義務者」と、国内財産だけに課税される「制限納税義務者」だ。それぞれに、相続人が日本に住所を持つ場合(居住)と持たない場合(非居住)がある。
相続人が日本に住所を持たない場合の判定を、国税庁の説明に沿って並べると次のようになる。
| 相続人(国内に住所なし) | 亡くなった人の状況 | 課税される財産 |
|---|---|---|
| 日本国籍あり・相続開始前10年以内に国内に住所あり | 問わない | 国内財産+国外財産 |
| 日本国籍あり・10年以内に国内に住所なし | 外国人被相続人・非居住被相続人に当たらない | 国内財産+国外財産 |
| 日本国籍あり・10年以内に国内に住所なし | 外国人被相続人または非居住被相続人に当たる | 国内財産のみ |
| 日本国籍なし | 外国人被相続人・非居住被相続人に当たらない | 国内財産+国外財産 |
| 日本国籍なし | 外国人被相続人または非居住被相続人に当たる | 国内財産のみ |
※2026年9月時点。国税庁タックスアンサーNo.4138と相続税法第1条の3をもとに整理。相続時精算課税の適用財産、国外転出時課税の納税猶予を受けていた場合の扱いは省略しています。
表の用語は次のとおりだ。「非居住被相続人」とは、相続開始の時に日本に住所がなかった人のうち、相続開始前10年以内に日本に住所がなかった人、または10年以内に日本に住所があってもその間ずっと日本国籍がなかった人をいう。「外国人被相続人」は、相続開始の時に在留資格を持って日本に住んでいた人をいう。
表から読み取れるのは、相続人の側の条件と、亡くなった人の側の条件の両方がそろわない限り、国外財産は課税の対象に残るということだ。
日本国籍の家族は、親子とも10年を超えて国外にいない限り国外財産も対象になる
日本国籍を持つ親子に当てはめると、判定はさらに具体的になる。
- 子が相続開始前10年以内に日本に住んでいたことがあれば、親がどこに住んでいても、子は国外財産も含めて課税される
- 子が10年を超えて海外にいても、親が日本に住んでいる、または親が10年以内に日本に住んでいたことがあれば、国外財産も課税される
- 親と子の両方が、相続開始前10年以内に日本に住所を持っていない場合に限って、国内財産だけが課税の対象になる
「10年」は、親と子それぞれについて、相続が起きた時点からさかのぼって数える。子が海外で長く暮らしていても、親が日本に住んでいれば範囲は変わらない。親が海外に移っても、子が数年前まで日本にいれば同じだ。
しかも、国内財産だけが対象になる場合でも、社長の家族が持つ財産の多くは日本国内にあることが多い。次の節で見るとおり、日本の会社の株式は国内財産として扱われる。
日本国籍がない子どもでも、親の住所しだいで国外財産が課税される
子どもが外国で生まれ、日本国籍を持っていないケースもある。この場合でも、親が外国人被相続人・非居住被相続人に当たらなければ、子は国外財産も含めて課税される。
たとえば、日本国籍の親が日本に住んだまま亡くなった場合や、海外に移ってから10年たっていない場合は、外国籍の子であっても国外財産を含めた無制限納税義務者になる。子の国籍だけで課税の範囲が狭まるわけではない。
贈与税にも、同じ考え方の区分がある。国税庁は、贈与する人と受け取る人の贈与時の住所等によって課税対象となる財産の範囲を示しており、ここでも両者の住所・10年以内の国内住所・国籍の組み合わせで判定する。海外に住む子への生前贈与を考える場合も、相続税と同じ表の読み方が必要になる。
2021年度改正で変わったのは、日本に住む外国人の扱い
2021年度(令和3年度)の税制改正では、日本に住む外国人が亡くなった場合の扱いが見直された。改正前は、在留資格を持つ人のうち、相続開始前15年以内に日本に住所があった期間の合計が10年以下の人を「一時居住被相続人」として区別していた。
改正後はこれが「外国人被相続人」に改められ、居住期間の要件が削られた。在留資格を持って日本に住んでいた人であれば、日本での居住期間の長さにかかわらず外国人被相続人に当たる。改正後の規定は、2021年4月1日以後の相続・遺贈・贈与で取得する財産に適用されている。
この結果、外国人被相続人から財産を取得した相続人が、国内に住所のない人や一時居住者である場合は、国内財産だけが課税の対象になる。ただし、相続人が日本に住所を持つ一時居住者でない人であれば、国外財産も課税される。
注意したいのは、ここでいう在留資格が、入管法の別表第一の在留資格に限られる点だ。永住者などの別表第二の在留資格で日本に住む人は、この扱いの対象ではない。外国籍の配偶者がいる家庭では、配偶者の在留資格が判定に関わることがある。
自社株や日本の不動産は、どの区分でも日本の相続税の対象になる
制限納税義務者でも、国内財産には課税される。そこで重要になるのが、財産がどこにあるとされるかの決まり方だ。国税庁は、財産の種類ごとに所在の判定を示している。
| 財産の種類 | 所在の判定 |
|---|---|
| 不動産 | その不動産の所在 |
| 預金 | 受け入れた営業所・事業所の所在 |
| 株式・出資 | 発行法人の本店・主たる事務所の所在 |
| 退職手当金等 | 支払った者の住所・本店等の所在 |
| 貸付金債権 | 債務者の住所・本店等の所在 |
| 生命保険金等 | 契約を締結した保険会社の本店等の所在 |
※2026年9月時点。国税庁タックスアンサーNo.4138「財産の所在の判定の表」から主なものを抜粋。
オーナー経営者にとって大きいのは、日本に本店がある自社の株式は国内財産という点だ。会社から受け取る死亡退職金、会社への貸付金も、支払者や債務者が日本の会社であれば国内財産になる。
親子がともに長く海外に住んでいても、財産の中心が自社株と日本の不動産であれば、相続税の対象は大きくは変わらない。自社株の相続税をどう準備するか、評価額がどう決まるかは、住む場所にかかわらず残る論点だ。
海外にある財産に現地の相続税に相当する税が課された場合は、相続税法に、日本の相続税額から一定の限度で差し引く規定がある。二重に課税される可能性があるため、現地の制度も含めて確認が必要になる。
国外転出時課税は、相続税とは別に含み益への所得税を生む
海外移住と相続を考えるとき、相続税とは別に押さえておきたいのが国外転出時課税だ。株式などの有価証券等を1億円以上持つ一定の居住者について、含み益に所得税を課す制度で、場面は3つある。
- 本人が国外に転出する時:転出の時に譲渡があったものとみなして課税する。国外転出時課税の判定や納税猶予は別の記事で詳しく整理している
- 非居住者に贈与する時(国外転出(贈与)時課税):対象資産を海外に住む子などに贈与すると、贈与した人に含み益への所得税がかかる
- 非居住者が相続する時(国外転出(相続)時課税):対象資産を持つ居住者が亡くなり、海外に住む相続人が取得すると、相続開始を知った日の翌日から4か月以内の準確定申告で所得税を納める
贈与・相続の場合は、原則として贈与者・被相続人がその日前10年以内に国内に5年を超えて住所または居所を持っていたことが要件とされる。対象資産の株式には自社株も含まれる。
そのうえで、相続税の側では、国外転出時課税の納税猶予を受けている人が亡くなった場合、相続開始前10年以内に日本に住所があったものとみなすと定められている。海外に移ってから10年がたっていても、納税猶予を受けていれば、非居住被相続人として扱われない場合がある。
相続税の範囲と、含み益への所得税。同じ相続で2つの税を別々に確認する必要がある。
海外移住と相続を一緒に考えるのが向かない人/注意が必要なケース
次のような場合は、相続の扱いを理由に住む場所を考えるのは向かない。家族の生活や事業の事情で住む場所が決まり、その結果として課税の範囲が決まる、という関係で考えるほうが実態に合う。
- 財産の大半が自社株と日本の不動産:どの区分でも国内財産として課税される
- 子のうち1人でも日本に住んでいる、または10年以内に日本に住んでいた:その子は国外財産も含めて課税される
- 親の健康状態などから、相続までの期間が見通せない:10年は相続開始の時点から数えるため、予定どおりに進むとは限らない
- 有価証券等が1億円以上ある:出国・贈与・相続の各場面で国外転出時課税の対象になりうる
- 家族や事業の拠点が日本に残る:生活の本拠が日本にあると判断される可能性がある
海外に住む相続人がいる場合は、手続の負担も増える。国税庁は、日本に住所がない人が相続税の申告をする場合、納税管理人を定めて届け出たうえで申告・納税するとしている。遺産分割の協議や書類の取得も、国をまたいで進めることになる。
よくある疑問
Q. 海外移住して10年たてば、相続税はかからないのですか?
かからないわけではありません。日本国内にある財産(日本の会社の株式、日本の不動産・預金など)は、住む場所にかかわらず課税の対象です。国外財産が対象から外れるのは、原則として亡くなった人と相続人の両方が相続開始前10年以内に日本に住所を持っていないなど、双方の条件がそろった場合に限られます。国外転出時課税の納税猶予を受けていた場合は、扱いが異なることがあります。
Q. 子どもが外国籍なら、海外の財産に相続税はかかりませんか?
子の国籍だけでは決まりません。日本国籍のない相続人でも、亡くなった人が外国人被相続人・非居住被相続人に当たらない場合(たとえば日本に住んでいた日本国籍の親)は、国外財産も含めて課税されます。
Q. 海外に住む相続人は、相続税の申告をどうすればよいですか?
国税庁は、日本に住所がない人が相続税の申告をする必要がある場合、納税管理人を定めて「納税管理人届出書」を提出し、納税地の所轄税務署長に申告・納税するとしています。住んでいる国でも相続に関する税や手続がある場合は、現地の専門家への確認も必要です。
見るべきは「誰が、いつから、どこに住んでいるか」
「10年ルール」は、社長ひとりが海外に10年住めば済む話ではない。親と子の両方の住所・過去10年の住所・国籍がそろって、初めて国外財産が対象から外れる。そして、日本の会社の株式や日本の不動産は、どの区分でも日本の相続税の対象として残る。
海外移住は、相続税を減らす手段として考えるものではない。住む場所が変わった結果、申告の範囲や手続がどう変わるかを、家族全員について確認する対象だ。財産を最終的に誰がどこで受け取るかという「お金の出口」の考え方は、住む国が変わっても同じように当てはまる。
いま家族の誰が、いつから、どの国に住んでいるか。その一覧と、財産がどこにあるとされるかの一覧を並べてみると、相続のときに確認すべき論点が見えてくる。