所得税のない国に移れば、税金はかからなくなる。住民票を抜いて、海外に半年以上いれば日本の居住者ではなくなる。海外移住を考える経営者の間では、こうした話がよく出てくる。

実際には、海外移住で日本の税負担が変わるかどうかは、住民票や滞在日数だけでは決まらない。国税庁は、外国に1年の半分(183日)以上滞在していても、日本の居住者となる場合があると明記している。

そして、非居住者になったとしても、日本の会社から受け取る役員報酬や日本の不動産の所得には日本の税金が残る。自社株が出国時の課税の対象になる場合や、移住後も日本の相続税の課税関係が残る場合もある。移住先の国の税も新たにかかる。

この記事では、国税庁などの資料をもとに、海外移住で税負担が変わるかを判断するための条件を整理する。個々の論点は、それぞれの解説記事に案内する。見るべきは「どの国が安いか」ではない。自分の生活の本拠と、所得がどこで生じるかだ。

この記事が役に立つ方

  • 税負担を理由のひとつとして、海外移住を検討している
  • 移住すれば日本の税金がどこまで変わるのか、全体像を知りたい
  • 移住の前に、どの専門家に何を確認すればよいか整理したい

税負担が変わるかは「居住者か非居住者か」から始まる

日本の所得税は、個人を居住者と非居住者に分け、課税する所得の範囲を変えている。

区分定義日本で課税される所得
居住者(非永住者以外)日本国内に住所がある人、または現在まで引き続き1年以上居所がある人国内と国外で生じたすべての所得
非居住者居住者以外の個人日本国内で生じた所得(国内源泉所得)に限る

※国税庁タックスアンサーNo.2010による(2026年10月時点)。日本国籍がない人などの「非永住者」には別の範囲があります。

海外移住で日本の所得税の課税範囲が変わり得るのは、原則として日本の非居住者になった場合だ。居住者のままなら、海外で生じた所得も日本で課税される。ただし、非居住者になっても国内源泉所得には日本の課税が残り、最終的な負担は所得の種類、移住先の税制、租税条約などによって変わる。

住民票や183日では決まらない。「生活の本拠」で判断される

居住者かどうかを決める「住所」は、各人の生活の本拠をいう。国税庁は、日本に生活の本拠があるかどうかを、住居、職業、資産の所在、親族の居住状況、国籍などの客観的な事実で判断するとしている。

  • 国税庁は、滞在日数だけで判断するものではないため、外国に1年の半分(183日)以上滞在していても、日本の居住者となる場合があると説明している
  • 居住地を数か国にわたって転々とする人でも、生活の本拠が日本にあれば日本の居住者になるとしている
  • 日本と移住先の両方で居住者と判定された場合は、租税条約があれば、その条約の居住者判定の規定に従ってどちらの居住者かを判定する。具体的な基準は条約ごとに確認が必要だ

家族が日本に住み、日本の会社に毎月長く出社し、日本の自宅を残しているなら、住民票を抜いても日本に生活の本拠があると判断される可能性がある。判定の考え方は非居住者の役員報酬と判定でも整理している。

非居住者になっても、日本で課税が続く所得がある

非居住者は国内源泉所得に限って課税される。経営者の場合、その国内源泉所得が大きいことが多い。

所得・税金移住後の主な扱い詳しい記事
日本の会社からの役員報酬海外で勤務していても原則として日本で課税。原則20.42%の源泉徴収非居住者の役員報酬
日本の会社からの配当原則20.42%の源泉徴収(上場株式等以外。租税条約で軽減される場合あり)海外移住後の日本法人
役員退職金日本の会社での勤務などに基因する部分は日本で課税非居住者の役員退職金
日本の不動産の賃料・売却益日本で課税。借主・買主による源泉徴収の対象になることがある家賃・売却

※2026年10月時点。租税条約や個別の事情で扱いが変わる場合があります。

日本の会社を持ち、日本から報酬や配当を受け取り続けるなら、それらが国内源泉所得に当たる限り、移住後も日本での課税が残る。日本の会社の形をどうするかは海外移住後の日本法人で整理している。

移住の時期と出国時にかかる税金:住民税と出国税

  • 住民税:その年度の1月1日に住所がある市区町村が、前年の所得に対して課税する。出国する年の1月1日に日本に住所があれば、その年度の住民税は、出国後も原則として納める必要がある(海外移住と住民税)
  • 出国税(国外転出時課税):対象となる有価証券等の合計が1億円以上で、原則として出国の日前10年以内に国内に住所・居所があった期間が5年を超えるなどの要件を満たすと、出国時に含み益に所得税がかかる。非上場の自社株も含まれる(出国税の判定)

自社株の評価額が大きい経営者は、移住の前に出国税の試算をしておかないと、出国時にまとまった納税が生じることがある。

相続税・贈与税は、親子双方の住所と国籍で決まる

国外の財産まで日本の相続税・贈与税の対象になるかは、亡くなった人(贈与した人)と、受け取る人の双方について、住所、日本国籍、過去10年以内の日本の住所などを組み合わせて判定する。本人が海外に移れば済む制度ではない。

子どもが日本に住んでいれば、親が海外に移っても、子どもが受け取る財産には日本の相続税がかかる場合がある。詳しくは海外移住と相続税の10年ルールで整理している。

移住先の国の税と、租税条約も確認する

日本の課税範囲が狭くなっても、移住先の国では、その国のルールで税金がかかる。所得税がない国でも、法人税、付加価値税、各種の手数料などの負担はある。

  • 移住先で税務上の居住者になるための要件と、申告の要否
  • 日本で源泉徴収された所得を、移住先でどう扱うか(二重課税の調整)
  • 日本との租税条約の有無と内容
  • CRS参加国・地域の報告対象となる口座の情報は、税務上の居住地国の当局に交換される場合がある(CRSの仕組み)

また、移住先で法人を作る場合、日本の居住者や日本法人などが一定の持分を持つときは、日本の外国子会社合算税制の適用関係も確認する(外国子会社合算税制とは)。ドバイ(UAE)の例はドバイ移住の税金でまとめている。

私がUAEに移ったとき、税金は判断材料のひとつだった

私はUAEに生活拠点を移したが、日本との関係は切っていない。日本で複数の事業に関わり、仲間や顧客がいる。日本か海外かの二者択一では考えていない。

相談を受けるときも、最初に「どうすれば税金が減るか」からは考えない。会社にいくら必要か、個人でどんな生活をしたいか、家族に何を残したいか、事業を続けるのか。税負担は目的ではなく、全体を設計した結果のひとつだと考えている。国内でできることを確認し、海外を使う意味がなければ、使わないという結論もある。

税負担を理由に移住を考えるとき、注意が必要なケース

  • 日本に家族・自宅・仕事の中心を残す人。生活の本拠が日本にあると判断されれば、居住者として国内外の所得に課税される
  • 日本の会社からの報酬や配当が収入の大半の人。非居住者になっても、それらには日本で源泉徴収が続く
  • 自社株などの有価証券が1億円に近い人。出国税の試算が先に必要になる
  • 相続対策として移住を考えている人。子どもの住所や国籍によっては、日本の相続税の対象は変わらない
  • 移住先での生活を具体的に想像できていない人。税金以外の理由で戻ることになれば、移住と帰国の手続きと費用が重なる

移住前に、この順番で確認する

  1. 生活の本拠をどこに置くか。住居、家族、仕事、資産を、移住後にどこに置くかを書き出す
  2. 移住後に日本で生じる所得。役員報酬、配当、不動産、退職金を一覧にする
  3. 出国時の税金。住民税の年度と、出国税の判定(自社株の評価額を含む)
  4. 相続と家族。親子それぞれの住所と国籍、過去10年の住所
  5. 移住先の税と租税条約。現地の専門家に、居住者の要件と申告を確認する
  6. 手続きの全体。会社・口座・届出は経営者の海外移住チェックリストと海外移住と銀行・証券口座で確認する

よくある疑問

Q. 住民票を抜けば、日本の非居住者になりますか?

住民票だけでは決まりません。居住者かどうかは、住所(生活の本拠)が日本にあるかで判断され、住居、職業、資産の所在、親族の居住状況、国籍などの客観的な事実から判定されます。

Q. 海外に183日以上いれば、日本の税金はかかりませんか?

国税庁は、滞在日数のみで判断するものではないため、外国に183日以上滞在していても日本の居住者となる場合があるとしています。また、非居住者になっても、日本の会社からの役員報酬など国内源泉所得には日本で課税されます。

Q. 海外移住すれば、相続税はかからなくなりますか?

なくなるとは限りません。国外の財産まで課税の対象になるかは、亡くなった人と相続する人の双方の住所、日本国籍、過去10年以内の日本の住所などで判定されます。日本にある財産は、原則として日本の相続税の対象です。

税負担が変わるかは、生活の本拠と所得の場所で決まる

海外移住で日本の税負担が変わるかどうかは、移住先の税率だけでは分からない。生活の本拠がどこにあるか、どの所得が日本で生じるか、出国時と相続でどんな税金がかかるか。この3つを確認して、はじめて比較ができる。

まず、移住後の住居・家族・仕事・資産と、日本から受け取るお金を書き出してほしい。その一覧が、専門家に確認すべきことの一覧になる。